text | ナノ


 うさぎとかめの童話を思い出してみてほしい。足の速い兎と、足の遅い亀が競争をすることになり、最初はやはり兎が優勢になるのだけど、亀を引き離して余裕の兎はゴール手前の木の下で居眠りをし始めてしまい、その間に亀が兎を追い越して勝利を得るというまあほとんど兎の自業自得なんだけどなんとなく彼が不憫に思えてしまう昔話。彼女かもしれないけどね。
 そんな兎と亀だけれど犬猿の仲であろう彼らが、閑静な住宅街の真っ只中、コンクリートの道の上を歩いていた。首輪とリードをつけて。

「・・・・・・」

 ペットか、ペットでいいのか。誰のだよ。

「やあやあ五十嵐くん! はうあーゆー? ご機嫌いかがかな?」

 七里先輩だった。

「こんにちは、奇遇ですね、七里先輩。一つ質問があるんですけど、いいですか」
「よろしい、言ってみたまえ」
「先輩って、年賀状にHappy New Year!≠ニあけましておめでとう≠一緒に書いたりしますか」
「あたりまえじゃない」

 だめだこの人はやくなんとかしないと。
 勿論本日は休日で、ここは学校ではないので、先輩は私服なのだけれど、実は先輩の私服姿を見るのはこれが初めてだった。
 ふむ、なんというか。

「ジャージ、ですね」

 それも学校指定の。ハーフパンツとウィンドブレーカーに、ウエストポーチ。今にも走り出しそうな運動女子スタイルだった。私服じゃないなこれは。

「ジャージだよヘイヘイ。動きやすいもんねー」
「プージャーとかは」
「そんな高いもの買ってられないわ!」
「さいですか・・・」

 さすが先輩。ぶれない。スカート姿を期待していたわけでもないけど。それもそれで見てみたい気もするけども。

「そんなことより先輩、そこのお二方はどなたですか」

 先輩のどうでもいいような私服情報をゲットできたところで、僕は先ほどから先輩の足元に石のほうに鎮座している兎と亀を指し示しながら、スポーツ少女な七里先輩に訊ねた。なんともアンバランスな絵だ。あとで写メを撮っておこう。友人全員にばら撒こう。
 僕の言葉に一瞬不意をつかれたような顔になった先輩は、自分の足元を見て、あぁ、と口を開いた。

「兎のイナバと亀のメリーさんです。よろしくね」
「ネ、ネーミングセンス・・・」

 紹介された二匹はピクリと耳と首を動かすと、兎、もといイナバはメリーの甲羅へ身軽に飛び乗って、小さく欠伸をした。

「因幡の白兎と羊のメリーさんからとりました」

 前者は分かるけど、亀はなんでだ。なんで亀が羊なんだ。雰囲気? 雰囲気なの?

「メリーさんの羊です」

 しまった混乱しすぎて全然違う突っ込みをしてしまった。それを聞いて、先輩はそーだっけ、と首を傾げると、気を取り直したように道の向こうを指差して笑顔を向けた。

「まあ、とにかく行こうか五十嵐くん」
「え?」
 
 そう言っておもむろに足を進めていく。話が急すぎて全く読めない。先輩の前を先導するように、メリーがイナバを乗せたままのそりと体を動かした。僕も慌てて後を追った。
亀を先頭に歩いているにも関わらず、意外にもメリーの足は速く、ほとんど僕達が歩くスピードと変わらない。先輩に聞くと、メリーの特性は「せっかち」なんだそうだ。ポケモンですねそれは。イナバも甲羅から降りたり走ったり登ったりと忙しない。

「とうちゃーく」

 歩いた先は小さな公園。遊具は少なく、数人の子供が砂場でスコップとバケツを振り回して遊んでいた。中央には作りかけであろう砂の山。周りには泥団子。典型的。

「あ、ななねーちゃんだ!」
「ななねちゃーん!」

 遊んでいた子供の一人がこちらに気付くと、大きく手を振りながら走り寄ってきた。それを皮切りに次々と他の子供も集まってくる。目当ては七里先輩、ではなく、その足元で座り込んだメリーとイナバ。撫でられたり乗っかられたり。当の二匹は嫌がるような様子はなく、静かにされるがまま。

「毎週日曜日にね、二匹を連れてここに来るんだ。人気者でねー」
「へえ」
「ねーちゃんひも!」
「はいはい」

 リードをひったくるように先輩から奪って走り去る。二匹は慣れたもので、とことこと子供達の後について行った。
 僕は先輩と公園のブランコに座り、兎と亀と子供の戯れる様子をなんとなく見守る。

「盛り上がってますね」
「子供って生き物見るとテンションマックスだからさ。メリーはでかいし」
「あれって、先輩のペットなんですか?」
「そだよ。イナバは私が中学のころだったかなー。ペットショップのセール品」

 先輩はそう言って頷きながら、ブランコを大きくこいだ。
 セール品、ね。まるでモノ扱い。僕は動物愛護主義者ではないけれど、ペットショップはなんとなく苦手。小さなケースの中に生き物が入れられ並べられているあの風景は、僕にどうしようもない虚無感を与えてくる。
 とはいえ、別に先輩に 異を唱えるつもりもないので、そのまま会話は続く。

「メリーはもともとおじいちゃんが飼っててさ。でも腰悪くしちゃってねー。世話も碌にできないからって、うちで引き取ったの。庭の大きさも十分だったし、鳴き声も臭いもないから、近所迷惑にならないし」
「おじいちゃん・・・って、何歳くらいなんですか、メリー」
「えーと、たぶん二十は越えてるかなー・・・?」
 
 さすが長生きに定評のある生き物。犬の二十歳は人間の百歳に近いというのに。まあ哺乳類と爬虫類比べてもなーという気はするけれど。そういえば鯨は百歳くらいまで生きるというのを、どこかで聞いたことがある。
 順調に行けば、先輩が成人した後でもメリーは生きてるってことで。
 ほとんど生涯の伴侶感覚。

「ずっと傍にいてくれるっていうのは、心強いですね」
「急にどうしたの」
「人間でも、何十年もずっといてくれる人はなかなかいませんからね」
「分っかんないよー? 私が二十歳くらいに良い人見つけてオシドリ夫婦になれるかも」
「可能性は限りなく低いかと」
「さらっとひどい」
「ななねえ、メリーのえさはー?」

 男の子が一人先輩の前に駆け寄って、ちょーだい、と手を前に突き出した。

「えー、散歩出る前にあげたんだけどー」
「チンゲン!」
「チンゲンじゃなくて、小松菜。あーもー、はいはい、ちょっとだけだよ」

 先輩が渋々、とはいえ、なんとも嬉しそうな表情でウエストポーチから小さなタッパを取り出して、何枚かの小松菜を手渡すと、同じように嬉しそうな顔を浮かべた男の子はすぐさまメリーの元へと逆戻り。一瞬のうちに砂場は小松菜争奪戦の戦場へと様変わりする。

「へえ、餌って小松菜なんですね」
「メインはね。ほかにも大根の葉っぱとか、あ、カボチャも食べるよ」

 意外とグルメなメリー。争奪戦をジャンケンという平和的手段で勝ち抜いた子達が、砂の山のメリーの口元に小松菜をもっていった。イナバもちゃっかり口に銜えているあたり、抜け目が無い。まるで七里先輩だ。

「ペットは飼い主に似るんですよね」
「なになに? 何の話なの?」
「抜け目ないって話です」

 というかあいつ、さっきから女の子ばっかりに抱かれてないか。男の子からは軽く逃げてるような。気のせい? あ、蹴った。

「イナバってオスですか」
「買ったときは女の子だったけど、いつのまにか男の子になってた」
「ウサギにも性転換願望があったとは知りませんでした」

 カタツムリじゃないんだから。
 げっ歯類は、小さいと雄雌の区別がつきにくいらしい。
 おなかすいた。

「先輩、僕にも小松菜くださいよ」
「五十嵐くんってリクガメだったの?」

 断じて違う。
 幼女の膝の上で撫でられながら、気持ちよさそうに目を細めるイナバと、甲羅に砂を盛られて動く砂山と化しているメリー(口にはしっかりと小松菜が銜えられている)。のそりと首を動かすたびに甲羅から砂が落ちていく。それを見て、慌てて子供がスコップで新しい砂を盛る。その繰り返し繰り返し。

「よく飽きませんよね」
「あれくらいの子達ってね、同じ事してても違う楽しさを見つけてるんだって。だから基本的に毎日がハッピーヤッピーなんだよ」
「子供服でしたっけ?」

 ヒッピーハッピーヤッピーブー。

「よっしゃ、行くぜ五十嵐くん!」

 え、と思った時には、僕は後頭部少し下に強い衝撃と、自らの体が前のめりに倒れていくのを感じていた。

「ふが」 

 先輩にアッパー(首の後ろからなので、正式なものではない)が炸裂し、僕は何十分か前に子供達の作ったであろう砂山に華麗なるダイブ。ジャリジャリという砂と唾液を歯が混ぜる音と、後ろの方で聞こえる、ブランコの鎖が揺れるキャラキャラという音が、砂の入り込む耳に木霊した。喉がチクチクと痛い。どうやら砂を飲み込んでしまったらしい。
 目の前が真っ暗だ。いろんな意味で。

「あー! なにすんだよー!」
「ななねえー! こいつお山こわしたー!」
「あららー、駄目だよ五十嵐くん。子供達の汗と涙の集大成になんてこと」

 叫ぶ子供達に囲まれ、その小さな手で精神的ダメージの大きい攻撃を受ける僕を見て、七里先輩が腰に手をあてドヤ顔で、芝居がかった口調で言い放った。ついていけない。

「七里先輩」
「ん?」
「恐怖と痛みに苦しみながら死ぬような思いをしてください」
「なにそれ普通に死ぬより恐い」

 とはいえ僕は七里先輩にやり返せるほど暴力的人間ではないので、ひとまず(不可抗力で)壊してしまった山を子供達と一緒に作りなおすことに。

「山作りのコツは少量の水! 土に混ぜることで山が頑丈になります」
「また無駄な知識を」
「じゃあ、みずもってくる!」
「おれ土!」

 先輩の的確なるアドバイスと子供達の完璧な連携プレーにより、途中、何度かメリーが山を踏み潰すというハプニングがありながらも、なんとか元の大きさ以上のトンネルマウンテンが完成した。
 その頃にはもうすっかり子供たちは疲れきっていて、藤棚の下にあるベンチで折り重なる様にして眠ってしまった。先輩は足元にメリーを、僕は膝にイナバを置いて、子供達を挟むように腰掛けた。
 淡い紫色を太陽に照らす藤の花が、ふわりと風に揺れて、葉と花の間から差し込む光が、眠る子供達に降りかかる。膝から伝わるイナバの体温が心地よかった。

「寝ちゃったねえ」
「示し合わせたように倒れていきましたね」
「四時になったらお母さん達が迎えに来るから、それまで待ってよっか」
「いいですよ」

 時計を見ると、三時半を少し過ぎたところ。もう三時間以上もここで遊んでいたらしい。
 諦めとも疲れとも言えない溜息が漏れる。そんな僕の様子に気付いたのか、七里先輩がなんとも楽しそうな笑顔でこちらを向いた。

「時間、忘れちゃうでしょ?」
「ええまあ、マウンテン建設は不覚にも熱中しました」
「それが子供の感覚というものなのだよ五十嵐くん」
「ホームズ口調もどきとドヤ顔は止めてください」
「私はね五十嵐くん、子供が羨ましいよー」
「なぜです?」
「思いっきり遊んで思いっきり寝て思ったことを言うって楽しいじゃない」

 そう言うと、七里先輩は両手を大きく広げて上へ突き出した。まるで空へ宣戦布告でもするかのように、挑戦的なまなざしを向けていた。

「私たちもそんな子供みたいな感性を持って、日々生活していきたいものだね!」
「七里先輩は全力でクリアしてるから大丈夫だと思います」
「まじで? やった!」
「喜ぶとこ違う」


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