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 僕と七里先輩との出会いはなかなかに程よく強烈で、僕は今まで、そして多分これからもあの出来事を忘れるということは決してないのだろうと思う。ありきたりな言い回しで恐縮だけれど、ただ、「奇を衒う」なんていうひどく嫌な言葉が褒め言葉になってしまうあの先輩を語るには、ありきたりで平凡な、どこにでも落ちているような言葉を使うのが一番適している、と、僕は僕なりにそう思っている。
 僕は現在高校一年生で、先輩は三年生。二つ上の先輩であるわけだけれど、今のところ、僕たち二人を繋げるものは「友人」と「先輩・後輩」という関係以外に、ない。部活が同じなわけでもなく(ちなみに僕は帰宅部、七里先輩は放送部)、委員会に入っているわけでもなく。そんな僕と七里先輩が「先輩・後輩」の関係はともかくとして、どうして 「友人」という人間関係におけるある一定のボーダーラインを越えた関係を築き上げているのかといえば、それは“七里先輩が僕のことを気に入っている”らしいということが大きな原因の一つだ。具体的なことは、先輩の胸の内から明かされてはいないので、だから僕には僕のどこら辺が先輩のお気に召しているのか見当もつかないのだけれど。
 先輩と後輩の出会いといえば、やはり入学式かそれ以降ということになるわけだけども、僕の場合、それは中学三年生の三月、合格発表の日にやってきた。もちろん僕は、今現在この学校に在籍しているわけだから、僕の受験番号はちゃんとその掲示板に記されていたわけだけど、楽に入れそうな所に受験しただけであった無気力代表ともいえる僕は、特にこれといった安堵感もなく、その無機質で人によっては大きな意味を持つ数字の羅列を見つめていた。・・・と言ってしまえばとても格好良いのだけれど、実際は他の津波のように押し寄せる受験者に押されて身動きがとれなかっただけだった。足を踏まれ背中を押され、おのれ愚民どもよ、消し炭にしてくれるわ、と思う暇もなく、やっとのことで人の森から抜け出したときには、どこか中庭のような場所に出てきてしまっており、僕は完全に現在位置を把握できないでいた。
(・・・迷った)
 溜息をついて空を仰ぐ。細い枝に覆われてしまいそうな冬の薄青の空が、一つの雲も浮かべずに広がっていた。葉を落とした木々の枝が、理科の教科書で見た毛細血管のように見えて、少し気持ち悪かった。
 脳味噌にGPS機能があればいいのに。そんな現実逃避と言い訳がましいことを思いながら、とりあえず適当に歩いてみようと中庭の中を進もうとしたその時に。
 空から人が落ちてきた。

「うわっ!」 

 思わず声が漏れる。だってよく考えてみてほしい。「空から人が落ちてきた」なんて、文字で書いてしまえばたった十文字で済んでしまうことなわけだけども、実際に現実で起こってしまえば、それに対して平常心を保つことができるのはパズーぐらいなものだ。

「・・・・・・」

 落ちてきたその人は、何故か獅子頭を被っていた。赤い頭と唐草模様。獅子舞で使われるアレ。その所為で顔は見えないけれど、着ている制服から、この学校の生徒で、それが女子であることが分かった。だからつまり、先輩ということになるのだけれど。

(なんで獅子舞?)
「うぅ・・・」
「だ、大丈夫・・・ですか?」

 とりあえず声をかけてみる。今思えばすぐに立ち去っても良かったのだけども、それじゃあ話が始まらない。

「あーもう! 着地失敗した!」

 獅子の頭をぶんぶんを振りながら飛ぶように立ち上がり、彼女は吠えた。ばこばこばこ。張りぼてな音を立てながら、合わせるように獅子の口が開閉する。昔はこれが怖かったな。
 両手で制服についた砂をはらって、暫くぶつぶつと文句を言ったあとに、彼女はやっとずっと突っ立っている僕に目(正しくは獅子頭)を向けた。

「うん? きみ誰? 不審者?」
「一般社会で不審者と呼ばれる人はどちらかというとあなただと思いますけど」
「そうかな」
「ええまあ、正月なら多分大丈夫でしょうけど」

 ふうん。聞いているのかいないのか、なんでもなさそうに、無意味にばこばこと口を開閉。そのうち何か閃くものがあったのか、あ!と口を大きく開いた。

「受験生か!」
「ええ、まあ」
「そっかそっか今日発表の日だっけね。不合格だった?」
「・・・いえ、合格しました」

 聞き方おかしくないか?

「じゃあ後輩くんだ。よろしくね、五十嵐くん」
「―――・・・」

 なんでこの人が僕の名前を知っているのか、きっと顔には表れていなかっただろうけど、内心はだいぶ驚いていたような気がする。やがて僕は胸にある名札の存在を思い出して、その疑問を解消した。
 残念ながら高校生の制服には名札というものは既に無く、僕はその時先輩の名前を知ることはできなかったのだけれど。

「じゃ、私はそろそろ。この中庭を突っ切って、右に曲がると校門に出れるからね」

 迷子になっていることは、何一つ言っていなかったはずなのに。先輩はそう言って、今指差した方とは別方向に走っていった。前からでは気付かなかったけれど、彼女は背中に飛行機がプリントされた、青いリュックを背負っていた。
そして結局、獅子頭は外さなかった。

(変な人だ)

 ファーストコンタクトが空から落ちてきた、なんて。今思えば七里先輩らしいのだけれど。その時の僕は、ただそれだけを思って、言われたとおりの道順を進み、家路を辿った。
 入学式当日、一年生のクラス中に「五十嵐くんていう獅子舞が大好きな男の子いる?」という質問を繰り返しながら僕を訪ね歩いた先輩の名前を知った。先輩の所為で事実とは全く持って異なるイメージが僕についてしまったのは言うまでも無い。

「七里先輩」
「なんだね五十嵐くん」
「僕と初めて会ったときって、覚えてますか」
「勿論だよ五十嵐くん。確か私が選ばれし勇者としてきみを」
「あ、もういいです」

 時は巡って早数ヶ月。相も変わらず神出鬼没な先輩に振り回されながら、僕は学校生活を送っている。言っておくけれど友達がいないわけではない。僕のこういう関係のモットーは浅く広くだ。先輩は、向こうから寄ってくるので例外。

「というかなんですか、その口調。ホームズでも読みましたか」
「答え分かってるのに聞いてくるんだね」
「いえ、先輩ならこれくらしかないかなと」
「きみの中で私はどんんだけ単純キャラなんだ」
「眠くなったら手が暖かくなるぐらい」
「幼稚園児? 分かり辛いよ!」

 下校のチャイムが鳴ると同時に教室へすっ飛んできた先輩は、なぜかスルメを口に銜えながら椅子の上で胡坐をかいていた。

「第一印象って大事だよね」
「・・・・・・・・・そうですね」
「え、なんなのその間」
「なんでもありません」

 空から獅子頭被って落ちてくる人に第一印象も何もないだろうと言いたいけれど、どうやら七里先輩の中で僕とのファーストコンタクトは壮大な冒険の物語にされてしまっているようだから、寸でのところで飲み込んだ。

「五十嵐くんの第一印象は、真っ黒だった」
「服装的な意味でですか」
「うん。そうしたら腹の中まで真っ黒だった」
「ほう」

 初耳だ。僕に腹黒属性があったとは。

「多分脳味噌も真っ黒なんじゃないかな」
「脳味噌空っぽなどこかの先輩より、まだマシだと思います」
「私もそう思う。私はこのスルメのように噛み応えのある人間になりたいです」
「話の脈略がまったくつかめません」

 どうしてそうなった。スルメのようにって。地味に嫌だ。そうして、おもむろにあの青リュックに手を突っ込み、新しいスルメを口に銜える。僕の口にも無理矢理押し込んできた。おえ。

「ちなみに自家製です。おばあちゃんが作りました」
「え」

 なんでスルメが家で作れるんだ。意外と簡単なのだろうか。干物だしな。何故だか一気に旨味が増した。

「スルメの第一印象ってすごく美味しくなさそうなんだけど、実はお父さん達に大人気のつまみというギャップがいいよね」
「どこら辺が良いんですか、それは」
「ギャップ燃えだってば」
「漢字変換ミスってますよ」

 脳内黒板で「燃」の字を消して、草冠と明るいを書く。

「萌えー」
「安っ」

 僕の帰り支度が済むと、待ってましたというように先輩が立ち上がった。

「お腹すいたねー」
「奢りませんよ」
「後輩にたかるほど飢えちゃいないぜ」
「この前僕の百円玉パクったじゃないですか」
「いや、あれはね、五十嵐くんの百円玉が私に助けを求めてたんだよ」
「五枚もですか」
「五枚もです」

 まあ、なんというか。
 イロイロ言ってはきたけれど、僕も七里先輩を気に入っている部分が、無きにしも非ずというか。具体的なことは、僕の胸の内からも明かさないでいようと思う。


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