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 教室窓側一番後ろ。その席は学生の間で、「なんとなく特別な場所」というポジションにある。一番後ろというある意味で無法地帯なその場所の、さらに限定される窓際というオプションがついた、お値打ち商品。実際、居心地が良いのは確かであって、夏は涼しく冬は暖かいという完璧な体感温度管理と、授業中のほぼ確実な睡眠時間の保障がされているその場所は、その席に座る者に快適な学校生活を提供してくれる(もちろんそれは、周りに座る人達との良好なる人間関係が条件となってくることは言うまでもない)。
 そんな素晴らしい席の所有者となった僕の所属する教室は、日当たり良好南校舎二階。お昼を食べ終え午後の最初の授業中。教室の半分の子は、既に机との結婚生活を始めているようだった。視界を遮る頭の数が減って、随分と黒板までの見晴らしが良い。
 窓の外を見れば、飛行機雲が何本か横切る青空が、呆れるぐらい広がっている。中庭の木々は頼りなくなった枝を寒そうに震わせ、身を寄せるように縮こまっている。先っぽについた枯葉が懸命に枝にしがみつく。あの葉っぱ、多分明日にはなくなってるな。
そんなことを思った、そのとき。

(・・・あ、)

 授業を気持ち半分で聞き流し、空を見上げていた僕の目の端が、あるものを捉えた。

(紙、ひこうき。)

 それは、しゅう、と窓の外を横切っていく白い紙飛行機。風に乗るように真っ直ぐに進んで、すぐに視界から消えた。一つ二つと、次々とそれは空を飛んでいき、すぐに通過していく。思わず、そっと教室を見回す。窓の外で繰り広げられるその光景に、気付く人は居ない。
 すぐに視線を戻して、紙飛行機の飛んでくる方向を追う。すぐに分かった。屋上だ。多分、向かいの北校舎。紙飛行機は飛んでいく。それを飛ばす人物の姿は見えない。
ちょうど、授業の終了を知らせる鐘が鳴った。友人達が寄ってくる前に急いで教室を出る。急ぎ過ぎて誰かの机で腰を打った。地味に痛い。あの席の欠点は教室から出にくいことだな、と痛感する。文字通り。
 渡り廊下を突っ走り、階段を一気に駆け上がって、屋上への立ち入り禁止を示すロープを跨ぎ、また階段を上る。屋上の扉の鍵が壊れているのを、僕は知っている。
ぎいい。冷たいドアノブを握って、半ば体当たりするように扉を押し開けると、それはい かにも動きの悪そうな音を立てた。冷たい風が頬を撫でる。寒い。マフラーでも引っ掴んでくればよかった。

「七里先輩。」
「あれ、五十嵐くん。どうしたの。」

 フェンスに持たれて、こちらを振り向いた七里先輩(コートを着ている。畜生)は、驚いたような声を上げた。どうしたの。それはこっちの台詞であると断固主張する。

「どうしたの、じゃないですよ。何してるんですか。」
「紙飛行機飛ばしてるんだよ。」
「分かってますよ。」
「えええ。」

 今何してるのって聞いたのに。自慢の長い黒髪を風に流して、そんな風に愚痴る先輩は、足元に置いた自分のリュックに手を伸ばした。飛行機(こちらは普通のやつ)のプリントがされた青いリュック。やけに年季が入っていて、良い感じにくたっと疲れている。僕はこのリュックがとても好きだった。

「僕が聞いてるのは、なんで紙飛行機飛ばしてるんですかってことですよ。」
「なるほど。わっと≠カゃなくてほわい≠ネわけだね。」
「そこはちゃんと英語発音してくださいよ高校三年生。」
「英語は苦手分野にして嫌悪文化だよ。」
「それ、ほかで言わないほうが良いですよ。」

 アメリカ人がたくさんいるところとか。確かに僕も英語は苦手分野だけれども。生粋の文系男子なわけですけれども。生粋の理系女子である先輩は理科と数学さえできていれば世の中生きていけると信じて疑わない純粋(?)なる乙女なのだ。色々間違ってる気がする。ちなみに理科は物理限定。暗記分野は苦手らしい。
 すると先輩はおもむろにリュックの中からA4の真っ白い紙を取り出して、一枚を僕に渡し、もう一枚を折り始める。

「紙飛行機って美しいよね。」
「話が全く見えません」
「真っ直ぐ飛んでるとことかさー・・・もう超かっけーって感じ。ちょべりば〜。」
「先輩、とりあえずグーグル先生でちょべりばの意味調べてから出直してもらえますか。」
「めっちゃ良いみたいな意味でしょ。」

 違います。死語を誤った意味で使う先輩に呆れつつ、渡された紙を先輩と同じように折っていく。見よう見まね。紙飛行機を作るなんて何年ぶりなんだろう。

「そんなわけでだね、五十嵐くん。」
「はい、七里先輩。」
「私はとってもとってもとーっても、紙飛行機を飛ばしたくなったんだよ。」
「それで授業をサボって、あろう事か出入り禁止の屋上にきて紙飛行機を飛ばしていたと。」
「大正解。お祝いに鶴をあげよう。」
「いりません。」

 ていうか、作ってたの紙飛行機じゃなかったのかよ。先輩の折る通りに作っていった結果、僕の手の中には白い鶴が居座っていた。少しいつものと形が違う。

「普通の鶴じゃないんだぜー・・・ほーら、ぱたぱたする!」
「何それすごい。」
「え、知らないの?。」

 初めて見た。先輩がやっているように、鶴の首の付け根を押さえて、尻尾の先を引いたり戻したり。ぱたぱた。おお、動いた。

「感動ですねこれは・・・」
「きみのツボはどーにもよく分からないなー」

 先輩の貴重な苦笑シーン。あまりなにかに困る人ではないので、いつもは見られない。

「・・・で、なんの話でしたっけ。」
「ぱたぱたするのやめなさい。ぱたぱたマシンって呼ぶよ。」
「どうぞ」
「よーし言ったな。じゃあぱたぴゃっ・・・・・・。」
「・・・。」

 スルーすべきだ五十嵐少年。ここはスルーすべき。先輩の名誉のためにも。

「・・・で、なんの話でしたっけ。」

 完璧な編集ポイントだった。

「紙飛行機の美しさについて語っていたのだよ。」
「あぁ、真っ直ぐなとこが美しいとかなんとか。」
「そうそう。あの尖った先端とか、ピンとしたフォルムとか堪らん。ムラっとする。」
「変わった性癖ですね。」

 ありえないだろ。ペーパープレインフィリア? 見たことも聞いたことも無い。フィリア(嗜好)のつく言葉は驚くほどたくさんあるけれど。

「言葉と性癖が無ければ作ればいいじゃない。」
「パンとお菓子のように言わないで下さい。」

 遠くで次の授業の始まりを告げる鐘が鳴った。次なんだったっけ。英語、だったかな。とりあえずこの時間はサボるに決定。慌てて教室に戻るのも面倒くさい。それにあの席は出にくいし戻りにくいんだった。
 ガシャン。先輩が再びフェンスから身を乗り出すようにして、いつの間にやら作っていた紙飛行機を飛ばした。すいっ、とそれはまるで線を描くかのように空の中を進む。やがてその姿が降下して見えなくなると、先輩はふう、と溜息をついた。

「真っ直ぐでさー、純粋なわけだよ。」
「紙飛行機が?」
「うん。」
「先輩も真っ直ぐですよ。」
「そう?」
「まあ、色んな意味で。」
「そうだよねー。」
「今の一言で全てがぶち壊しです。」

 冬の冷たい風が吹く。指先や耳の感覚はとうの昔になくなっていて、痛いのか冷たいのか、分からなくなっていた。手に持っているはずのぱたぱた鶴の感触は感じられない。空を見上げると、先ほどあった飛行機雲は無くなっていて、代わりに太く新しい雲が一筋、真っ直ぐに空を横切っていた。
 先輩は紙飛行機を作る。

「紙飛行機を私は飛ばすよね。」
「そうですね。」
「そうすると、紙飛行機は真っ直ぐ飛ぶじゃない?。」
「上手に飛ばしますね。」
「だから、私は真っ直ぐなんだなって、思えるわけで。」
「なるほど。」
「ちゃんと聞いてる?」
「聞いてますよ。七里先輩は真っ直ぐです。」
「五十嵐くんと真剣な話はできないねー。もっとシリアスに生きようよ。」
「その言葉、そっくりそのまま金属バットで打ち返しますよ。」
「それを私はホームランですね、分かります。」
「いえ、多分見逃しですね。」

 そうして僕は、先輩の手からできあがったばかりの紙飛行機を抜き取って、フェンスに足をかけ、身を乗り出す。危ないよ、と先輩の声がかかる。真っ直ぐに飛ぶ紙飛行機をイメージして、腕を前に出した。手から白い紙飛行機が離れていく。
紙飛行機は、風に吹かれて空中で一回転、そこからまっ逆さまに落ちてしまった。

「あ、」
「五十嵐くんは変化球だよね。」
「真っ直ぐは七里先輩の専売特許ですね。」
「地球一個で譲ってあげてもいいよ。」
「先輩は僕をなんだとおもってるんですか。」
「可愛い後輩。」
「その通りですね。」

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