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 さすがに眠いな、と思った。倒れるかも、とも思った。
 連続徹夜記録を更新した、ある日。三日間、まともに寝ていなかった。
 カーテンの隙間から漏れる朝日が、妙にまぶしい。目の奥が痛い。多分、いま鏡を見たら、終戦直後の日本兵士のような顔をしているかもしれない。もちろん、終戦直後の日本兵士なんていう人に、会ったことは無いんだけれども。
 体中の筋肉が、椅子に座ったままの形で固まっているようだった。ぴきりぴきりと、針で突付かれたように痛い。それなのに、頭の中は妙にクリアで、早く寝たい、ベッドに飛び込みたい、という願望がぎっしりと詰まっていた。クリアなのに。クリアだからこそ。
 そして。
 目の前に、ランドセルを背負った少年がいた。
 そして。
 目の前の、ランドセルを背負った少年が言った。

「おじさん、疲れてるね」
「コールミーお兄さん、おっけい?」
「僕にとってはおじさんだよ」
「なにこいつ生意気」

 ランドセルを下ろして僕のベッドに勝手に座る少年。おい待てそれは僕のベッドだ。勝手に座るんじゃねえ。普段温厚な僕でも時と場合によっては牙を剥くことだってあるんだぜ。
 そう言おうと思ったけれど、口がうまく動かない。うぐうぐ、と呻くような声がでた。

「酷い顔だよ。鏡見た?終戦直後の日本兵士のような顔をしてるよ」
「なんできみが終戦直後の日本兵士の顔を知ってるのか教えてくれよ」
「教科書に載ってた」
「あ、そ」

 最近の教科書は、そういうのも載ってるのか。刺激的過ぎやしないか。終戦直後の日本兵士の顔が、どんなものかは知らないけれど。あ、鏡を見ればいいのか。いや待て、たかだか三日徹夜をしただけ(いや、僕にとっては最高記録なんだけれども)のサラリーマンの顔と激しく厳しい戦いを生き抜いてきたであろう終戦直後の日本兵士の顔が同じくらいだというのは、終戦直後の日本兵士に失礼ではないのか?
 しかし、今はそんな物思いに耽る暇も、この少年に構っている暇もない。とにかく眠らなければ。たとえたった今地球が割れていたとしても、いまの僕に必要なのは、海よりも深い睡眠だ。泥のように寝たい。ワインとチーズが羨ましい。寝かせてくれ。

「話を聞いてよ」
「目の前の僕の様子を見てそんなことが言えるのは悪魔か僕の上司ぐらいだよ」
「僕も言えたよ」
「あげ足取り禁止」

 どうしてこんな疲れきったお兄さんに話があるのかな。別にあんたじゃなくてもいいんだけどね、おじさん。
 生意気だ。むしろ通り越してうざい。そんなことじゃこの日本社会で生きてはいけない。謙虚にして曖昧。それこそが日本国民たる象徴だ。日本の象徴は天皇様だけど。というか僕じゃなくてもいいのかよ。そうかよ。

「じゃあ話は簡単だ、少年」
「話をしたいのは僕だよ」
「僕はとっても眠いんだ。死にそうなくらい。今から死んだように眠るから、君の話はそのあと聞くよ。いいかい?」
「はあ、まあ、うん、そういうことなら、あとで話すよ」

 その返事を聞いて、ベッドにダイブ。スプリングが少しだけ音を立てた。ああ眠たい。目を瞑る。意識は、多分、すぐに落ちた。



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