初めはゆるやかに

初めて彼見た時の印象は、「大きい」でも「イケメン」でもなく、「よく食べる子」だった。

私がこの陽泉高校の寮母になって2年たつ。寮には県外からの受験合格者と練習が遅くまである部活生が入っている。部活生はあまり多くなく、本人や家族の希望で数十人入っているくらいだ。
仕事は主に個室以外の掃除と朝・夜のご飯の準備くらいで、ご飯作りも何人か雇っているので一人ではなくそこまで苦ではない。
元来世話好き・料理好きで専門の学校をでた花子には、この仕事は言わば天職だった。
花子が初めて彼、紫原敦を見たのは、入学式のほんの一日前だった。
大概の入寮生は入学式の1週間前くらいから寮に入り準備などをしているので、今年の子たちはこのぐらいか、と料理の量に目星をつけていた花子だったが、彼の食事を見た時その目星は覆された。
基本的にはご飯はお盆に盛りつけて配るが、運動部や足りない男子用に、業務用炊飯ジャー一杯のご飯と鍋に汁物、残っているおかずをセルフサービスのように食堂の一番前に置いているのだが…
配膳室からお盆を受け取り、おかわりのある机のすぐ後ろにのっそりと腰を下ろした紫原は、お盆の上を見つめ眉を顰めた(苦手なものでもあったのか?)あと、大きい口をあんぐり開けて今日のメインの豚の生姜焼き2切れを口の中に押し込み咀嚼した。
その顔が効果音がつきそうなほどに破顔したかと思うと、掃除機のように残りのおかずやご飯を吸い込み、ものの5分ほどで完食してしまった。それだけでは飽きたらず、1つ前のおかわり机の皿にある生姜焼きをほぼ全部自分の皿に移し、同じくらいご飯も茶碗に盛りつけ黙々と食べ進めていた。
あまりの食欲に配膳室で盛り付けもせずにポカンと口を開けていた花子だったが、気づいた時にはもう遅し、おかわり机には炊飯器に一人分あるかないかくらいのご飯と、秋田名物のいぶりがっこなどの漬物の盛り合わせしか残っておらず、当の本人の紫原は肥えた腹を擦りながらもポケットから有名駄菓子のかば○きさんを取り出し貪りながら食堂を後にしたのだった。

その後は正に戦争だった。
在校生で遅くまで部活をしていた寮生は、いつもはお替わりできるはずのご飯がなく落胆し、花子は慌ててコメを炊き直し、残り物で野菜炒めや丼ものを作ってなんとかその場をしのいだ。

「はぁああぁ〜…どうしたもんだかなぁ…」

食堂のラッシュ時間も過ぎ、明日の仕込みをして部屋に付いているシャワーを浴びて部屋のソファに沈み込んだ。
陽泉高校の寮は1階のロビーから男子と女子で別々の入り口があり、各階数につながるエレベーターと階段がある。
一方で、花子のように泊まりこみで働く職員や、学校関係者の為にロビーの奥に職員寮があり、学生の部屋にはない簡易キッチンやワンルーム風の部屋に花子は住んでいた。
今日から入ってきたあの子、名簿では紫原敦くん、だったかな?髪色と一緒で覚えやすい…じゃなくて!あの子はやばい…毎回あの量食べるの?嘘でしょ?この寮破産しちゃう…!!他の子のご飯を減らすわけにはいかないし、何とかしなきゃ…
花子は明日からのことに頭を悩ませながらも、ふと夕食を食べた時の紫原の顔を思い出す。
食べる前はしかめっ面してたくせに、食べ出したらちっちゃい子みたいにニコニコで…あんなに喜んでもらえるなら、こっちも頑張んなくっちゃなぁ…
緩む顔を感じながらも、ノートを開き明日の夕食のメニューや材料を書き出していく。
明日こそはみんなに、紫原くんに満足のいくご飯を食べてもらわなくっちゃ…!
花子は使命感に燃えながらも、夜遅くまでノートにペンを走らせていた。

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