バレンタインデー前日。
ハルに、匂いが嫌なら引っ込んでてと言われたのが、今から2時間前の事。
「…うわ、すっげー匂う」
「だから自室に籠ってて下さいって頼んだんじゃないですか」
「飲み物取りに来たんだよ」
「あ、ごめんなさい気が利かなくて」
「お茶にします?紅茶もありますけど」と自分の作業中にも関わらず俺の世話を焼こうとするハルに思わず吹き出す。
「いいよ、自分でやっから」
「はひ、すみません」
そうしてまたチョコレートをかき回し始めるハルを横目に珈琲をカップへ注ぐ。
「つか、まだやってんのかよ」
「言っときますけど、まだまだ掛かりますよー」
ハルはさすがに慣れた手つきで調理を進める。
銀のボウルの中でぐるぐるとかき回され形が消えていくチョコ。
甘い香りを放つそれは溶けるにつれ、さらに匂いを強くしていき、あまりの匂いに俺が思わず鼻を覆ったところでハルがこちらに気付いた。
「はひ?そんなに嫌ですか?」
「匂いだけで狂いそうだよ」
「大袈裟な」
ハルは可笑しそうに笑ったが、チョコレートとはこんなに匂うものだったろうか、と首を傾げたところでふとハルの体に隠れていた物体が目についた。
「そっちのは何?」
「え?これもチョコですけど」
「はっ?まさかその奥にあるのも?」
「はひ。全部チョコですよ!」
もう腕がくたくたです!とあどけなく笑うハルとは逆に、隼人は顔をひくひくと引きつらせた。
「…え、多くねぇ?」
「毎年こんなもんです」
「誰にやんだよ…」
「隼人さんと、隼人さんの職場の方々と、友チョコ用です」
「いやいや…野郎共にはいらねぇだろ!甘いの苦手な奴ばっかだし」
「でも去年、『人妻からのチョコは格別』って言ってくれましたよ」
ハルのその一言に隼人は口に運んだ珈琲を勢いよく吹いた。
「っはあああああ?!!誰がそんな事ほざきやがった!!」
「…秘密でーす」
「なっ!!」
マグカップをぎりぎりと握り締め鬼の形相で詰め寄るが、ハルは素知らぬ顔で肩をすくめた。
「だって名前出したら、隼人さん何するかわからないじゃないですか」
「…指導するだけだ」
「…日頃の感謝を込めての義理チョコですよ?」
「それでも駄目だ。ぜってぇ許さねぇ」
「えぇ…」
「引くなよ!」
ハルは渋々と自分が今まで頑張って溶かしたチョコをテーブルへ下ろした。
「じゃあどうするんですか。このチョコの山」
「俺が食う」
「匂いだけで狂いかけそうな人が言える台詞ですかそれ…」
「意地でも全部食うから、やるなら俺と十代目だけにしろよな!」
「はぁ……まぁ、別に構いませんけど」
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バレンタインデー当日。
「で、結果今朝倒れました」
「獄寺君って結構無茶するよね…」
「あいつ本当、ハルにメロメロな!」
ハッピーハッピーバレンタイン!
120313