廊下から誰かの足音が聞こえてくる。
その音に布団を被っていた獄寺は目を覚ました。
鼻唄を歌いながら、軽快に階段を上ってやってくる。
「起きてますかー?」
布団越しに声が聞こえる。けれど獄寺はそれを無視した。
すると彼女が近づいて来るのが気配でわかる。
「仕事に遅れ――」
掛布団に手をかけた瞬間、その少女、ハルの体はぐるりと回った。
「おはよ」
「は、隼人さん〜……」
頬を赤く染めながら、今自分を押し倒した人物をみつめる。
「朝から何やってるんですかぁ!!遅刻しちゃいますよ!!!」
「まだ平気だって。ほら、朝のキスは?」
「しょうがない人ですねぇ…」
そう言いながらも満更でもないらしく、ハルは静かに目を閉じた。
お互いの距離がどんどん近づいていく。
あと、2cm…………
「うわぁあぁぁああ――――っっ!!!!!」
バネのように勢いよく飛び起きた獄寺はそこが自分の見慣れた部屋である事を理解すると、再びベッドへ倒れこんだ。
「なんだ、今の夢……」
今だ鮮明に覚えている夢。獄寺は頭を抱えこんだ。
「ありえねぇ……。絶対にありえねぇーだろぉ!!!!」
彼女と自分が恋人同士ならまだしも、自分達は周りも認める喧嘩仲間だ。
「あ、そういや今日は十代目に勉強教える約束してたよな」
時計を見ればすでにその約束の時間に迫っていたため獄寺は夢の事を一旦頭から追い出し、支度にとりかかった。
「いらっしゃい獄寺君」
「おはようございますっ!!十代目!!!」
「部屋に行ってて。お茶持ってくからさ」
「あ、俺が……」
「一応お客様だから、ね。」
ツナの言葉に逆らえない獄寺は渋々ツナの部屋へと向かった。
ガチャ
「はひっ、獄寺さんこんにちわー」
「ハ、ハルっ!!!??」
「はい。ハルですよー?」
驚愕に見開かれた目はハルを凝視する。
「な、ななななんで…!!」
「あれ。メール見なかった?」
後ろからお茶の乗ったお盆を持って現れたツナは不思議そうに獄寺に言った。
「ハルも来てくれるって、今朝メールしたんだけど」
その言葉に獄寺は慌てて携帯を見る。画面にはしっかりメールがあった。
「すいませんっ!寝坊して焦ってて……」
右腕失格だと落ち込んでしまっている獄寺にハルは意気揚々と話しかけた。
「寝坊なんて確かに右腕失格ですねー」
「元はと言えばお前が………っ!!!!」
馬鹿にされムカついた獄寺はハルを見て固まってしまった。
「私が………何ですか」
「なんでもねぇよっ!!!」
「はひっ!!」
(ヤバい。思いだしちまった……)
獄寺の頭の中で何回も繰り返される今朝の夢。
(夢の中のハルは結構大人っぽくて可愛かっ……、いやいやいや!!違うだろっ。あれは夢の中の話しだし、実際のハルは……)
ちらっとハルを見やる。
その視線に気付いたハルはやって来てそうそうツナに迷惑をかけたくなかったため、喧嘩にならぬよう笑いかけた。
「どうしましたか?」
「……っ!!!!いや、何でも……」
(なんだコイツも普通に可愛い……、って何考えてんだよ俺は!!!)
思わず赤くなる顔を手で覆い隠す。
「大丈夫?獄寺君」
「あ、すみません…」
(とりあえず、これ以上意識しないようにしよう)
そう決意したはいいが、その後、隣に座るハルに気がいってしまい何回もケアレスミスを繰り返してしまう獄寺。
「獄寺さんらしくないですね」
「何かあったの?」
「な、何でもないっすよ!!十代目」
しかし獄寺の解く問題はことごとくバツがつく。
「ねぇ本当に大丈夫?」
「はい!!もちろんです」
「あ、また間違ってますよ獄寺さん」
ハルは持っていた解答用紙と獄寺の答案用紙を見比べる。
「………」
「………」
「……足引っ張りまくりですね」
ズバッと言い捨てるハル。横ではツナが慌ててフォローを出していた。
「誰だって調子悪い時ぐらいあるよ……。そんな気落ちしないでさ、ね」
「くっ……!!すみません…、十代目…!!」
「えっ、ちょっと!」
「今日は帰らせて頂きます!!!!!」
ツナに向かって一礼すると自分が持ってきた鞄に参考書を詰め込みそのまま沢田家を走り去っていった。
あっという間に姿を消した獄寺にハルは首を傾げた。
「変な獄寺さん……」
(ありえねぇ…!!)
獄寺の心拍数は今異常に高い。
それは今走っているからという理由もあるが……。
「ない。ありえない!!俺があいつを意識するなんて絶対にありえねぇんだよ!!」
(夢のせいで)
(あいつの事を)
(女として意識するなんて絶対にない!!!)
実はあの夢が予知夢だったと知るのは遠い遠い未来の話。