バッと視界いっぱいに突如現れたものに一瞬呆けてしまう。が、それが一体どういったものか理解すると俺の声は必然と低くなる。
「……なんだよ」
突き放すように言い放つ。しかし俺の視界いっぱいに広がるそれを持つ彼女はそんな事には動じず、満面の笑顔で俺を見た。
「どれがいいですか?」
「だから、何度も言ってっけどいらねぇから!」
「まったまたぁー。遠慮しないでいいんですよ」
「心の底から嫌がってんのが分からないのか、このアホ!!!」
「これなんてオススメなんですが……」
「聞けよ!!!」
駄目だ。こいつ聞いてるくせに聞いてない。
ハルは「これも美味しそうですよね」と一人でぶつぶつ呟く。
「今時愛妻弁当とか恥ずかしいっつーの……」
「あっ、これは栄養によさそうです!」
「聞いてくれ!」
そう、今ハルが無理矢理話を進めているのは俺の弁当の話。雑誌を膝の上に堂々と広げて一つ一つ俺に見せてくる。
新婚当時に一回もめて、この件はハルが折れたはずだったのだが…………
「はひ。こういうのも可愛らしいです」
「なんでまた掘り返してんのお前……っ」
思わず泣きたくなる。
時効だとかそんな感じか。何年経っても俺にはそんな愛妻弁当を職場に持って行く勇気は養われないぞ!
「ぜってぇ持ってかないかんな!!」
「……なんでそんな嫌がるんですか」
不服そうにだが、ハルはやっと俺の話に耳を傾けてくれたらしい。
「恥ずかしいんだよ。第一、この件はもう解決済だろうが」
「そ、そうですけど……」
「もういいだろ。俺は持っていかない、それで終わり!」
はい撤収!と両手でしっしっとハルを追いやる。
しかしハルは全く動かず、むしろこちらへ身を乗り出してきた。
「だっ、だって奥様番組で夫は胃で掴めって!!」
「はぁ!?」
「ですから、ね!」
「ね!…じゃねーよ!!んだよその理由。俺が浮気する人間に見えるのか!!」
「ええ!!」
「即答すんな!」
失礼にもほどがあるだろう。俺はそんな軽い人間なんかじゃない。しかも十代目がいる職場でそんな浅ましい事が出来るか!
「大丈夫だって。浮気なんかしてる暇もねぇぐらい仕事で手一杯だから」
「その仕事場で浮気しちゃったり……」
「しません」
「でも……」
「しつこい」
まだ言い淀むハルに一喝する。
「はい。これは本当にこれで終わりな」
「………はひ…」
はたから見ても分かりやすく落ち込むハル。雑誌を胸に大事そうに抱える姿が何処となく健気で俺のほんの少しの良心が揺さぶられる。
「……じゃあ、夕飯つくりますね」
「おっ、おう」
耐えろ耐えろ。
ここで甘い言葉を出せばあっちの思い通りになっちまうだろ!!!
………でも…
いやいやいや……。
でも……いや、……ううう……っ!
あ、駄目だ。
「…わかった……」
「はひ…?」
「作ればいいだろ。勝手に!しょうがねぇから、食ってやるよ」
「は、隼人さん……っ」
照れくさくてハルに背を向ければ、後ろから思い切りのタックルをくらう。
「隼人さん大好きです!ラブですラブ!!!」
「へいへい」
否応なしに出るのは、君を甘やかす言葉
(タコさんウィンナーとか入れてあげますからね!)
(………やっぱり止めとこうかな)
081019