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1 はじめまして

 


「俺は完全自立型ロボット303型、ファイだ。よろしく」
「やっと、来た……!!!!」
「お前が俺を買った人間か?」
「はい!そうです私がご主人様です!」
「ふーん……」

色素の薄いワインレッドの髪が、視線を下にやった拍子にさらりと揺れた。
男はポケットからなにやら紙切れを取り出すと、書いてある文言をなぞらえながら読み上げる。

「不束者ですがどうぞ可愛がってください、……はぁ、なんで俺がこんなこと言わなきゃならないんだめんどくさい。おい人間!」
「なっ、なにかな!?」
「さっさと中に案内しろよ、寒いんだよ玄関は」
「(……な……)」
「返事がないな。俺の話、聞いてるのか?こんなとろい人間が主人になるなんてな」
「(ナマイキだ!)」


ーーバタン!
玄関のドアを閉め、鍵を閉め、私は喜びを噛み締めていた。
念願のロボットがうちに来たのだ!多少、生意気な物言いだけど、そんなの大した問題じゃない……多分!
一週間前たまたまショーウィンドウで見て一目惚れしたのだ。キャッシュで250万、これでも割引されていた値段だ、私は貯金を切り崩した。
だけれどそんなのどうだっていい、こんなにかっこいいロボットがうちに来てくれたのだから。
切れ長の目、端正な顔立ち、身長は175くらいだろうか、どれをとってもカッコイイ。
とりあえずリビングに連れて来て、テーブルに向かい合って座った。ファイくんは居心地悪そうに眉間にしわを寄せる。
……ショーウィンドウに飾られていた時は、にっこり笑っていたのに、ここに来てからの彼はどうも不機嫌だ。

「おい、あんまりジロジロ見るな、気が悪いんだよ」
「え……っと!ごめんね?」
「はあぁ……だから嫌だったんだ、人間に飼われるのなんて」
「い、嫌だったの?」
「嫌に決まってるだろ!あのな、俺はお前よりはるかに賢い超高性能なロボットなんだ。それがどうして人間の世話を焼かなきゃならないんだよ」
「そ、そっか?」
「お前が俺を買わなきゃ、こんなことにはならなかった」

なにやらとても怒ってる?
キッとつり上がった目が私を睨む。緑の瞳をよく覗けば、ロボット会社のロゴマークが見えた。
ファイくんは悪態を隠しもせず畳み掛ける。

「それに。お前、俺をイヤラシイ目で見ているだろう」
「んっ!?えっ!?」
「見てるだろ」
「見てないよ?」
「見てる。……セクサロイドをイヤラシイ目で見ない人間なんていないだろ」
「そうなのかなあ」
「言っておく。俺はやらないからな」
「へ!?」
「セックス。やらないと言ったらやらない」

こいつなにしにここに来たんだ!?
喉まで出た言葉を飲み込む。と言っても私は店先のロボットに一目惚れをしただけであって、それがセクサロイドだと知ったのも購入段階に入ってからだった。つまり、そういう行為目当てってわけではなかった。

「そりゃ、ちょっとは、下世話な気持ちも混じって見ちゃったかもだけど、……君は観賞用だから!」
「観賞用?」
「そう!ファイくんはとにかくひたすら顔がかっこいいから!私一目惚れしたんだ。そこに居てくれるだけでいいんだよ」
「(なんだこいつ……参ったなヤらなきゃすぐ店に帰れると思ったのに)」
「ファイくん?」
「なんでもない。いいか、その言葉忘れるなよ」
「もちろんだよ!」

多分……と思ったのは目の前のファイくんがやっぱりひたすらかっこいいので、多少残念に思ったからなのだった。

「……ニヤついてる」
「えっ!?そうかな!?」
「はぁ。やっぱり信用できない」
「(やばい、心閉ざされちゃったかな……?)」







「じゃあ私、仕事に行ってくるからね」
「ああ」
「本でもDVDでも、なんでも見ていいからね」
「わかった」
「出かけるなら戸締りよろしくね」
「わかったって言ってるだろ。それよりこの書類、持ってかなくていいのか」
「あれっ?あ、カバンに入れたと思ってたのに」
「ほら」
「ありがとう。おかしいな面倒見られてるね。見るつもりだったのに」
「ははっ、お前が?冗談言ってる暇があればさっさと出かけないと電車に乗り遅れるぞ」
「うん、いって来ます」

昨日はとにかく呆れられてしまった。
爪の先までファイくんの世話をしたかったのに、作った夕飯は美味しくなかったらしいし、部屋は雑然としてて気になるらしいし、結局ファイくんが料理も掃除もやったのだった。
間違いなくこれは、仕事一筋で生きて来たのが災いした。

「(確かに料理は得意じゃないけれど、まさかあんなに形にならないとはなあ……)」

仏頂面のファイくんも、私の生活能力のなさに最後は小馬鹿にしたように半笑いになっていた。

「(あれかな、やっぱり急にビーフストロガノフに挑戦したのがよくなかったのかな?)」

材料はこだわりぬいた。通販でお高い肉を調べに調べ、何ヶ月か待ちっていうのをなんとかして手に入れた。けれど実際の料理の腕があれでは。
……ファイくんに見得を張りたかったのだ。

「(でも次こそはファイくんを喜ばせてみせる!)」

決意新たにオフィスについた。深呼吸してエントランスをくぐる……今日も一日ハードな仕事が私を待っている。







「た、ただいまあ……」
「遅い」
「ごめんね、急に発注ミスが発覚して、帰れなくなっちゃって」
「ヘトヘトじゃないか」
「うん、実は繁忙期だから、あと一週間は時間通り帰れないかも」
「そうなのか。飯、できてるから」
「え?」

23時半、家に帰るとそれは立派な家庭料理がテーブルに並んでいた。肉じゃが、鮭の塩焼き、合わせ味噌汁、炊き込みご飯、漬物。

「すごい、まるで幸せな家庭みたいだ」
「なんだその例え。暇だから作ったんだよ。お前8時には帰るっていうからそれに合わせて作ったのに……冷めてまずくなったじゃないか」
「ごめんね」
「はあ……いいから、着替えてこいよ。腹が減った」
「先に食べててよかったのに」
「あのな。俺は主人より先に飯を食うなってプログラムされてんだよ。俺のためにも早く帰ってこいよ」

早く帰って来いと言われどうも気分が良くなってしまった。ちゃっちゃと着替えて食卓につく。ファイくんは私をジロリと睨むと手を合わせていただきますをした。
自分で作ったご飯を美しい所作で食べる。

「ジロジロ見るなって言っただろ」
「おっと、そうだった」
「……食わないのか?」
「ううん、食べる。でもなんか、見とれてた」
「はあ?」
「何をしてもかっこいいねファイくんは」
「……俺を懐柔しようとしてるのか?」
「いえいえ、まさか!」
「その手には乗らない。飯を作るのも、生活のサポートをするのも、俺はそうしろってプログラムされてるからやってるだけだ。お前のためなんかじゃない。ちゃんとそこんとこ、わかっておけよ」
「はいはい」
「はいは一回だ」

またもやギロリと睨まれてしまった。だけどいつも真っ暗でご飯もなかった自宅が、今日はとても賑やかだから、私はうっかりにこにこしてしまう。

「何笑ってるんだよ」
「ファイくんのご飯が美味しいから」
「当たり前だ。俺が作ってまずいわけがない。どっかの誰かと違ってな」
「あぁ、そうだった……私昨日失敗したんだった」
「もう忘れたのか?あの黒焦げの牛肉を。おめでたい頭だな」
「ニヤニヤしてるのはファイくんもだね」
「そりゃあんな面白い失敗、笑うだろ」

口角を上げながら切れ長の目を綻ばせる。
やっぱり私はうっとりした。







「せっかく布団用意したのに」
「俺は廊下でいい。変な気を回されても迷惑なんだよ。寝具で寝る必要がないんだ、ロボットは」
「そう……?」
「そうだ。……。……あからさまにしょげたって、俺は自分の意見は変えないからな」
「別にしょげてないよ。心配してるんだよ。ロボットはデリケートだもん、雑に扱って故障でもしたら」
「そんなどんくさくない」

断言されてしまった。こうなっては仕方ない、ファイくんを廊下に残して寝室へ向かうことにした。ファイくんが来る前は、ロボットと一緒に眠れるかもっても想像したりもしていたけれど。(人懐っこいロボットと一緒に眠る主人の動画をパソコンでたくさん見たりもした)

「(ロボットって個体差あるなあ……)」

ちょっと残念に思いながらも、もしかしたら寝てくれるかもしれないとベッドの横に布団を敷きっぱなしにしておくことにした。







「そろそろ繁忙期終わったか」
「うん、今日からはすごく暇な時期になるよ。四月に入るしね」
「ふうん……これで俺の夕飯もちゃんと8時には食べられるようになるんだな」
「いつも待たせてごめんね」
「謝らなくていい。……ほら、行ってらっしゃい、だ」
「行ってくるね」

ひらひら手を振ってくれるファイくんだ。お互い、多少二人の生活にも慣れだした。初日はあれほどキャンキャン帰りたがったファイくんも、今は帰りたいのかの字も言わない。
いつも夕飯を作って家で待っていてくれて、朝になったら見送ってくれて。

「(でもほんとは帰りたいのかな?)」

と思ったり……。一人でいる日中は退屈で仕方ないらしい。

「(明日はお休みだから、たくさん構ってあげよう。嫌がられるかな)」





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