ポタリ、ポタリと、梅雨独特の柔らかい雨がシト降る中。
 雨のせいかいつもより人混みが寂れた商店街を、瞳子はゆっくりと歩いていた。
 上空に差している傘は、鮮やかな緑色をしている。瞳子の密かな自慢とも呼べる、長くしとやかな髪の色と同じであり、彼女が一番好きな色でもあった。
 また、この緑色の傘には瞳子は特別な思い出がありもする。
数年の前の瞳子の誕生日、

「姉さんの色、見つけたよ!」

 そういって、数年前、まだ小学校だったヒロト、リュウジ、風介、晴矢、そして彼らより少し年上だった砂木沼の五人がくれたものだ。
 きっと数ヶ月分のなけなしのお小遣を叩いて買ってくれたのであろうその傘は、けして安そうには見えず数年前の瞳子の手にはピッタリとあう柄の細さで。
 嬉しさの余り纏めて抱きしめた五人の暖かな体温とともに、今でもしっかりとその感覚を覚えていた。


「時の流れは、早いのね……」


 今思えば、あの日から既に数年。小学生だった彼らは既に中学生活を終わろうとしており、瞳子もまた一つの歳の節目を迎えようとしていた。

 直ぐそばで奏でられる雨音の楽曲をBGMにし、少しずつ記憶を遡ってみれば、ずっと平和に暮らせると思っていた数年前が、笑いたくなるくらいにたくさんの出来事があった。
 そしてそれの始終を見届け、関わるたくさんの人物に出会い、そして別れ。
 こんな言い方をすれば老人のように思えてしまうけれど、それでも時の流れは余りにも早く、また目まぐるしいものだと、瞳子は改めて強く感じていた。


「だけど…………それが良かったのね」


 その、過去と現在の間に起こった出来事はけして幸せな出来事だったとは訳ではない。むしろ、言ってしまえば悲劇と称しても正しいであろう、それ。
 しかし、起こった出来事は幸せでは無く、また迎えた結末も幸せというにはまだどこか物足りないようなものではあったけれども。

 だけど、それでも。
 あの出来事は、お日様園の子供達に、良くも悪くもたくさんの変化を齎したのだと瞳子は思っていた。
 “お日様園”という、ある種の一つの確立した世界に綴じ篭ってしまっていたたくさんの子供達が、外の、“本当の世界”に触れるということを経験が出来。
 また、様々な物が欠落してしまっていた子供達に、それを与えてくれた。

 そう、例えばリュウジ。
 幼い頃は砂木沼やヒロトの後ろにくっつき、恥ずかしがり屋だった彼。
 だけども、“レーゼ”という自分とは正反対のもう一つの人格を自ら作り出すことによって、殻に閉じこもっていた本当の自分の姿を見つけ、それを全面に出して生きていくことができるようになった。

 例えば、砂木沼。
 お日様園のリーダー格とも呼べる存在であった彼は、人に頼るということが出来なかった。
 人に頼ってはいけない、自分が一番年上であるのだから、自分で解決しなければ。
 そう、全てを抱え込んでしまう性格だった彼は、“デザーム”になり、一つのチームを率いることによって、仲間に頼るということを覚えた。

 例えば、風介と晴矢。
 二人とも同じように自分の集団の仲間は何より大切にしていたけれども、それ故に、けして交わることの出来ない氷と炎のように、互いを拒絶し合ってしまっていた、その二人。
 だけども、“ガゼル”と“バーン”と成り、敗北と屈辱という最も辛い経験を乗り越え、お互いの利害一致の上で手を取り合い、協力するということを学ぶことが出来た。

 そして例えば、ヒロト。
 元から、感情が乏しい少年ではあった。
 だが、自分達を救ってくれた父である吉良のために、自らを“いなくなってしまった吉良ヒロトの代役”にならなければと、吉良に従わなければ、とずっと考えていたらしい彼。
 その考えで心深くまでを染めることによって、必要最低限の感情を削ってしまったのだと、以前に玲名から聞いていた。
 しかし、“グラン”になり円堂という一人の少年と出会うことによって、少しずつではあるが、自らの本当の感情を吐露していき、そして最後にようやく“基山ヒロト”となることが出来たのだ。


 今ぼんやりと瞳子が思い出した少年達以外にも、彼らが変わることによって生まれた変化の数は数え切れない。
 良いとは言い切れない、だけどもけして悪くは無い。
 そんな変化が、多く訪れたのだ。



「……あ、」


 ふわりと暖かくなった心に口角を上げ、完全に沈んでいた意識を思考の海から引き上げる。
 そうすれば、いつの間にか雨は小雨になっており、止むのは時間の問題となっていた。
 そんな光景を見て、また一つ。瞳子は柔らかな笑みを零した。ついに雨は止み、ゆっくりと雲が晴れていく。瞳子は、差していた傘を畳むと空を見上げた。
 その顔を、ちょうど雲の合間から顔を出した太陽が照らす。熱気を帯びた眩しさに瞳を細めながらも、瞳子はそれから目を逸らすことは無い。
 数秒の、瞳子の光彩と太陽の色が重なって。


「そろそろ戻らないとね」


 一つ、呟く。
 太陽から瞳を離し、瞬きをすれば、まだ陽光の輝きが残る瞼は黒に変わらず。
 暖かな朱色の残像を瞼の裏に大切に残しながら、瞳子はまた帰路への歩を進めた。
 大切な兄弟、姉妹たちが待つ家へ帰る瞳子の背を、いつの間にか仲よさ気にかかっていた二本虹が、コッソリと彩っていたのだった。



∵Halcyon days


――――煌はじめ様へ相互記念として捧げます^^


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