ああ、なんてこと。ぼんやりとした思考の中でさえも危機感の無い自分の言葉に呆れながらも冷静に考える。確か私は藤間…、そう、藤間先生に呼び出されて…。そこからの記憶が一切無い。――ということは。
そこまでの考えに至った時にガチャリとドアの開く音と共に近付いてくる足音が聞こえた。
まだ少しの怠さが残る体を叱咤して起き上がらせると、やはりそこには予想通りの藤間先生がいた。しかし、予定外だったのはもう一人隣に真っ白な男が居たことだ。

「ああ、起きたんだね、名前。君はこれから僕のお姫さまになってここで幸せに暮らすんだ、分かるよね?」

にっこり。容姿が整っているお陰で逆に胡散臭い。正直に言えば、私はむしろこの男が苦手だった。だからこそ最低限にしか接してなかったというのに。何故こうなってしまったのか。呼ばれて易々と赴いた過去の自分が恨めしい。
私は小さな抵抗として、返事はしなかった。気に障るだろうか、とも思ったが、

「そうだ、まだ紹介していなかったな。彼は槙島聖護、僕と君の世界のために色々手伝ってくれたんだ」

と、全然気にしていない様子だったので少し安心した。広い部屋に成人男性二人と非力な女。私くらいを殺すことはどうってことないだろうから。
紹介された槙島聖護、という男をちらりと見てみればとても真っ直ぐな目が私を見下ろしていた。どこまでも見透かされそうなその目に、私は不思議と恐怖心は沸かなかった。ただ、なんて真っ白なのだろう、とだけ思っていた。

「…ふうん、君の目的はこれで叶ったのかな?」
「そうだよ。これから僕はここで彼女と暮らす」
「そうか、」
「まあその前に色々処理は残ってるけどね」

"処理""プラスティネーション"。ちらちらと会話に出てくる言葉に、何のことなのだろうかとも思ったが、そんなことより、今の最善策と一番最悪な事態を考えなければ。と、会話を聞くことを放棄して思考を巡らせることに身を投じた。最善策はここから無傷で出られることだが、しかしそれはほぼ無理に近い。追いかけられて逃げ切れる自信がないからだ。最悪な事態といえば簡潔に死ぬことだろう。先生が一緒に暮らすと言っていた言葉を信じるならば、そう簡単に殺されたりしないのだろうが…。
そんなこんなを考えていれば、再びドアの開く音。反射的に俯けていた顔を上げれば。

「少し片付けをしてくるよ、名前。大丈夫、僕が居なくても何かあったら聖護くんに言えば良い」

そう言い残して彼が視界から消える。残された私と彼。何となく、今度はしっかりと彼に顔を向ける。すると、私がいるベッドの近くへと歩いてきた。

「名字名前。君は、この世界についてどう思っているんだい?」
「…それは、どういう――」

意味ですか?、と続くはずの言葉は音にはならずに自分の中に留まる。何故ならば、目の前の彼の手が頬を撫でていたから。自分よりも幾分か低い温度を頬で感じる。
どうしてか、私はこの雪みたいに真っ白なで冷ややかな彼が、私の温度と混じって融けていきそうで。思わず、無意識で自分も彼の頬に手を伸ばした。触れた頬はやっぱり冷たくて。でも、確かに人間らしい温度が、温もりが、あった。…そこで我に返り、手を下ろす。彼も、手を下ろした。それから先程の問題について、思ったことを素直に吐き出す。

「…よく、分かりません」
「――分からない?」
「はい。私は今までそんなこと考えたことがありませんでした。…でも、私は思いました。誰もが優しい世界で生きてきたのだと。けれど、それは日本にいる全ての人じゃない。貴方も、違う。…貴方は寂しいのですか?それとも悲しいのですか?優しい世界を甘受出来ないことが」
「…おかしなことを言うんだね、君は。この世界じゃ誰もが1人で、寂しいんだよ。君も、僕も。人間らしい人間なんてどこにもいない。だから僕は見たいんだよ、人間らしい魂の輝きをね」

ゆらゆら。揺れる、揺れる。
ああ、そうか。と漠然と思った。この人は寂しいだけなのか。藤間先生も、そうなのだろうか。でも、なんだか私は目の前にいる槙島さんに惹かれている気がした。放っておけない子供のように。泣いてしまいそうで、どこかに迷子になってしまいそうで。

「私には、今まで出会ったどんな人よりも、槙島さん、貴方が一番人間らしいと思えました」
「どうかな、シビュラからしたら僕は人間として認識されていないからね」

ゆらゆら。最初、あんなにも真っ直ぐ瞳が今は感情に揺れている。まるで彼の人間性を写し出すように。こんなにも、人間らしい人間なんて、きっとそう居ないのだろう。だから、彼は独りだったのかもしれない。

「嘘です、そんなの。だって、こんなにも暖かくて感情もしっかりあって、心がある。そんな貴方が人間でないわけがない」
「…、そんなことを言われたのは初めてだよ。君はとても興味深い存在らしい。彼のお姫様なんてどうでもいいと思っていたけれど…そうでもないようだ」

嬉しそうにそう言う彼は、私に少しなついたようで、私の髪を一房手に取り弄ぶ。

「大丈夫、」
「…え?」
「彼は、もう公安局に勘付かれているからね。きっともう帰っては来れないだろう」
「…そう、ですか」

何となく、藤間先生が捕まったとしても私はもう帰れないのだろうと思った。もしかしたら、潜在犯になっている可能性もある。――けれど、何より、

「――僕と、来るかい?君なら大歓迎するよ」

ちゅ、と手に取っている髪に見せ付けるようにキスをしながらキザに問うこの人間を独りには出来ないから。

「…槙島さんが寂しいのなら、どこまでも」

槙島さんは「おいで、」と優しくそう言って手に取っていた髪を離し、ぐっと私の手を引く。私は引かれるままに勢いよく彼の胸の中へと飛び込んだ。











**
◎お姫様なんてもういない
(誰もがお姫様のままじゃいられないの)

何でしょうね、これ(笑)
ぐだぐだ過ぎてもはや笑えてきますねー←
槙島さんの存在を肯定して認識する女の子が書きたかっただけなんですけどね…
あと、藤間を出したかった(´・ω・`)






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