・味覚音痴静雄。
・守秘義務はログアウト。



人間の姿をしている自覚はあるんだがそれでも東京は池袋在住の一部から言わせるところによると人間ではないらしい俺は今とても人間らしく死のうとしている。自殺の趣味を持ったことはないのでそこだけは間違えてもらいたくないのだが、多分死のうとしているのだ、不可抗力的に。銃も刀も刃も薬も、鈍器も電圧も悪意も致命傷には至らなかった俺だけど普通に皮膚が切れることがあれば血は流れるのだし、それを流しっぱなしにするとどうなるかは自然の摂理というやつで説明がつく。立ちくらみを自覚した時には既に何リットルかが流れ出ていたようで足がふらついて自分の血に臥して、意識が混濁。おいおいトムさんの言うことはやっぱ聞いとくべきだったんじゃねーのか俺。親切な上司はあの糞蛆虫ファッキン野郎に会う時には、しかも現在より遡ること3時間前のように路地裏に呼び出されたりなんかする時には、深夜の道を歩くOLくらいの警戒心と110番にいつでもコールできる態勢を取った携帯を常備しとけっていう実にためになる忠告をしてくれていたのに。馬鹿俺。大馬鹿俺。この時代のこの国において日常生活をつつがなく送るさなかで、あまり出血多量により意識が無くなることはないと思うのだが本日AM00:09に関してはどうやらこの時代この国においての貴重な例外だった。俺の人生においてはさほど珍しくもない、具体的な数値を出すと4回目な出来事なのだが。4回目なんだから、ほんと学習すりゃいいのになあ。その能力が無い俺はやはり人間ではないと言われてしまわなければならないような存在なのだろうか。

「やっと倒れた。よく523箇所からも出血しといて二時間も殴り合えるよね、ヤッパリ人間じゃねーんだよ君は」

いつもは真夏日にも一人だけ汗すらかかず涼しい顔をしているのだが今ばかりは髪も乱れ肩で息を、しつつも勝ち誇ったような糞蛆虫略が、まあ奴が立ち俺が倒れる現状を考慮すると本当に勝ち誇っているんだろうが、高揚した声で笑っている。はあ、血は口の中まで溢れている。閉じる気力も起きない唇からはなみなみと外部へ吐き出されてはいるが味覚音痴の俺にはその鉄錆と表されるらしい味は捉えられない。塩とも胡椒とも砂糖ともとうとうわかりあえなかった、俺の顔面に蹴りを入れやがった糞蛆略によって俯せ扱いにされ、前歯と舌が打ち捨てられたガムがへばり付くコンクリートと接したものの靴底の味も果てしなく虚無だった。俺は死んだことは無かったが味蕾だけはとっくにくたばってたんだなあと、俺が行くかもしれない所へ先にいっている、俺に備わっていたかもしれなかった機能へ思いを馳せる。思いというか、もう、重い。あー死にたくねぇどうしようもなく死にたくねえ。どっかの悪趣味な糞略とは違って自殺サイトを覗くこともしてこなかった俺は、死にたがる人間の気持ちはわからない。俺が人間じゃないからと言うのならお互い様だ、死にたがらない人間以外の気持ちをそいつらはわかるのだろうか。

「このプランは随分と前から検討だけはしてたんだ。高校生の頃からさ。だけどこの案は俺にとっても随分気合いを入れなきゃなかったから、この最後の手段を決行するまえにヤッパリ出来ることなら銃とか刀とか薬とか鈍器とか電流とかに殺してほしかったんだ、でもヤッパリ人間じゃない君は中々死ななかったよね、仕方がないからヤッパリ俺が直々に刃と悪意を持って実行したんだよ。なあどうせ無味無臭の人生なんだろ、人間じゃない奴にとってはさあ。こんな世界で可哀相。連れてってほしかったんでしょほんとはずっと。いいよ俺に感謝しなよ、この化け物以上人間未満が」

よく喋る男は嫌われる。蒙昧なる意識の中で浮かんだ感想は是非、薄ら笑いを浮かべて口にしてやりたかったがその口はというと血を吐き出すばかりでしかも俯せにされたせいで睨み上げることもできず、ああ本当にクソッタレだ。糞め。蛆め。虫め。ファッキン野郎め。俺の中の汚い語彙は全部この男の為だけに増え広がった。涙も出ない。こんな奴の前で泣くという選択肢は、無い。流れるのはいまだ止めるてだてもない血だけだ。
パルクールも標識も自販機も勿論ガードレールも使えないほど狭くナイフの独壇場だった薄暗い路地裏に人の気配は無い。あーあ。トムさんってやっぱ偉大だ。狂喜の沙汰のようにけたたましく笑い転げる臨也を通報する者が居ないのなら俺がやるべきだったのだ。ケータイどこやったかなぁ。赤い。俺が探しているオレンジは動かない指に引っ掛からない。「新羅に誘われて成人式なんか出て、バッカみたい。永遠に人間に成れないんだよお前はさあ!」
「死にたくねえ・・・よ」
「・・・あ?」
「お前みたいな野郎が居る世でもよぉ、・・・嫌なことばかりじゃ、なかったんだ・・・死にたくね、連れてってほしくなんかねえ・・・何も俺は、まだこの世、こと、知らない、し来世とかナンセ、ンスだ」
「は、人間みたいなこと言う」
「俺の身体、死んだら新羅が解剖しそ、」
「・・・・・・しないよあいつは。あいつは人間以外も恋人や友人にするような奇人だけど鬼畜ではない。静かに埋葬する以外にやることはないだろうよ、よかったね」
「死に、たくない」

喋る度に前歯がごつごつした地面にひっかかって不明瞭さに拍車がかかる。俺自身にもちゃんと発音はなされているのか定かではないが、どうやらちゃんと通じてはいるようだった。
笑われた気がする。
いつもの、思わず吐き気を催すような、笑い声だ。
奴はしゃがんだようなきぬ擦れの音をさせ、どうやら俺の身体を漁っている、ようだ? 金めのものなんかないしあったとしてもこんな野郎にだけは絶対渡したくなかったが野郎が「あったあった」と呟いたということは何か目当てのものを奪われてしまったらしい。カチカチいう音には聞き覚えがあった。俺が探していたオレンジだ、なんだ自首かお前が。手間は省けるがそれは現実にはありえねぇだろうよ。

「殺すつもりなんかないよ、俺は君を人間にしてあげるのさ」

ああこんな奴の声が最期に聞く音になるなん「あ、気づかれましたぁ平和島さん」

目が覚めると闇が付かない医者が勤める病院だった。
路地の冷たさも暗さも、口の中の味以外の不快感もどこにもなかったが、天国地獄の類でないことはまぶたを開けた3秒後、天使でも鬼でもなく普通の白衣を纏った中年の看護婦が声をかけてきたことでわかった。ゆるりと視線を移すと右腕には点滴と繋がったチューブ。よく針が刺さったな、と思うがそういえば勢いよく突けば5ミリくらいなら刺さるんだった。ナイフより注射のほうが怖いと反射的に思った自分にいつまでも幼さが抜けないと苦笑する。

「喧嘩ですって? あなた体中刃物の傷だらけで倒れてたんですけど、覚えていますか? 今後警察の事情聴取もあるそうなので、お辛いとは思いますけどもできるだけ当時のことを思い出してもらえますか」
「・・・ああ、はあ」

非常に申し訳なさそうな顔をしている病院関係者しかも女相手には特にキレる気も起きず、従順に頷く。そもそもこちとら命を救ってもらっているのだ。犯人のことを思い出すと血圧が上がるだけだとは思うが。
大体今病室へ警察に押しかけられないだけありがたいくらいである。というわけでこちらは気にしてはいないが取り繕うように、明るいかおをして看護婦、いや正しい呼称では看護師か、が続ける。

「先程ご家族にはご連絡させていただきましたが、一週日は入院していただきます。その間は絶対安静ですけど、3日もすれば面会謝絶も解けますので」
「はあ、どうも」
「でも、本当に助かってよかったわ。私も長いこと看護師やってますけど、地獄に仏とはこのことだと思いましたよ」
「はい?」
「当方に通報してくだった折原さん、たまたま現場に居合わせたっていう男性が平和島さんと同じO型だそうでね、本人の強い希望もあって輸血させていただきましたの。色々言われてますけど、まだまだ世の中には素敵な方がいるもんですわねぇ」


俺が君を人間にしてやるよ、三ヶ月間。
体中の血液が入れ代わるまでの間、お前は俺の血と共に生きてくんだ。


聞かなかったはずの声が聞こえた気がしたのは錯覚に違いなかった。
――だけど視界が真っ赤になって、味わったことも無い鉄錆の味が口の中を満たした。次の瞬間、俺は化け物のように吠えていた。





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