――――雨は、次第に強さを増していく。


「お嬢!!!どこだっ!!!」


結局、万屋の店主からも同じように帰ったと聞き、
鶴丸は必死に駆けまわりながら声を荒げた。


「お嬢!!!!っくそ・・・!!」


雨が、視界を悪くする。


「華ちゃん!!聞こえたら返事をするんだ!!」


大倶利伽羅と別れて、まさか畑には入っていないだろうと
思いながらも、光忠は駆ける。


雨のせいで視界も、彼女の霊気を辿ることも出来ない。


「こっちじゃないのか・・・っ華ちゃん!!!」



この大雨は、華の不安や恐怖を表しているのだとしたら。
雨で張り付いた前髪を雑に避けて、大倶利伽羅は息を整えるため
一度その場に足を止めた。



か・・・ら―――ちゃ・・・――――


「!?・・・・っ」


声が大きくなった。顔を上げて視界に入ったのは、
本丸に続く道の途中にある、地蔵の祠だ。
年期の入っているそれから、僅かに見えた小さな影。


大倶利伽羅はそれを見た瞬間走り出していた。



「・・・ッく・・・ふ・・・ぅ・・・ッ」


声を殺して蹲っている小さな少女は、
片足下駄を失くしていて、着物も泥だらけだった。

買い物籠は何処へやったのだろうか、たしか大事に持っていたと聞いた筈なのに。



「・・・はぁ・・・ッ・・・」




・・・・・華



「!?・・・・か、・・・ら・・・ちゃん・・・?」


目を大きく開いて、大粒の涙が溢れて
それに呼応するかのように、雨も激しさを増す。


びしょ濡れになって汚れて震えている華を、
大倶利伽羅は何も言わずに抱きしめていた。


同時に頭に入り込んでくる光景。


これは何だ?・・・・これは・・・華の・・・



――――記憶?




万屋からちゃんと道を間違えずに帰っている姿。


町から出て、少しした頃に現れたのは・・・猿だ。


籠を取られて追いかける華の姿。


途中で足を取られて畑の溝に落ちて気絶したようだ。


嗚呼、それですれ違わなかったのかと。



どうして気づいてやれなかったのか。


華が起きて、籠を取られたのを思い出したようで。


泥を落とせるだけ落として、泣きたいのを我慢しているのだろう


よろよろと歩いて、胸をおさえている。



そして、・・・・雨が降り始めた。


記憶は、ここで見えなくなった。



「・・・・泣けよ」
「!・・・・」
「・・・・・・・・国永と光忠に、聞こえるくらい」


泣いて知らせてやれ。


もう少し言い方があるんじゃないだろうか。
そんな気の利いた言い方を知るわけがない。


けれど、想いは通じただろうか。


「よく、がんばった・・・・」
「っ・・・・ふ・・・ぇ・・・・ッ!!」



大声で泣いた。叫んだ。


「うあああああん!!!!ッみつぅ・・・ッひっく・・・おつる・・・っふ・・ぅ・・・!!」


二つの気配が近づいてくる。


「――――ぅ・・・―――お嬢―――!!!!」
「ちゃ・・・―――華ちゃん!!!!」
「!!・・・う、ぇ・・・うあああああん!!!!」


審神者の長が何だと言うのだ。
この小さな華という幼子が、


何故自由に泣けないというのか。


「大倶利伽羅!!!華ちゃん!!!!」
「ぜぇ・・・ッぜぇ・・・・っ・・・華・・・ッはぁ・・・!」
「で・・・き・・・なか・・・た・・・っ・・・」
「え・・・?華ちゃ・・」


「何を?」と光忠が訊ねようとするのを、鶴丸が口を塞いで遮る。


「おつ・・・か・・・い・・・っ・・・とら・・れ・・・ちゃ・・・った・・・」
「猿に取られたらしい。畑に転げ落ちて溝にはまって気絶してたようだ」
「おいおい・・・っお嬢、怪我はないのか?」
「気絶って・・・頭ぶつけたの!?大丈夫なのかい!?」
「ごめ・・・な、さい!・・・ひっく・・・」
「華ちゃん・・・」


大倶利伽羅は華を抱きしめるのをやめ、体を離す。
あとは、自分は見守る役目でいい。


「お嬢・・・よくがんばったな」
「怖かったでしょ・・・早く見つけてあげられなくてごめんね?」
「ぅ・・・う・・・ぇ・・・・え・・・」


光忠が抱き上げて、華の背をぽんぽんと軽く叩く。
頭をくしゃりと鶴丸は撫でてやった。



「ここにおりましたか!」
「一期じゃないか、それに・・・」
「三日月さん?」


数本の傘を手に駆けてくる一期の後ろに三日月の姿。


「急に本丸内で雨が降り始めまして、三日月殿が出るとおっしゃったので」
「帰りが遅いのが気になったのだが、雨に呼ばれた気がしてな」
「華様!・・・一体何事が―――」


華よ――――


三日月の声に華は涙でくしゃくしゃになった顔を上げる。


「忘れ物はないか?」
「・・・・!」


華は三日月の言葉に首を一つ縦にふった。
ある、大切なことを忘れてしまうところだった。


「みつ・・・からちゃん・・・お鶴・・・」
「何かな、華ちゃん」
「・・・・・」
「どうした、お嬢」



心配かけて、ごめんなさい。
捜しに来てくれて、ありがとう。



こうして、華の初めてのお使いは失敗に終わったのだけれども。


―――でも、得た物は沢山あった。


雨は、少しずつ弱まり始めて、本丸につくころには
綺麗な虹がかかっていた。




これは幼審神者の成長の一つのお話。










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