それは、華が審神者の儀を終えて


どのくらいの月日が流れた時だっただろうか。


この審神者を護る空間の時の流れは遅い。
故に、華の姿はまだまだ幼いままであった。
しかし、日々勉学に励み、審神者の修行を怠らない。
外見は変化は見られないが、それでもしっかりと華は成長していた。
それを、本丸の誰もが温かく見守り、日々を過ごす。



そんな、ある日の出来事。




近頃、三日月宗近の様子がおかしい。
普段から飄々としていて掴みどころがないような彼が、
ぼんやりと上の空。儚さに拍車がかかっているような。


「君、どうやってそんなところに上ったんだ」
「・・・・・・・」
「やれやれ、おい爺さん。無理してくれるなよっ・・・と!」


満月が浮かぶ空を、本丸の屋根というおかしな場所で眺める
天下五剣に、鶴丸国永は訝しげに思いながらひょいと自身も屋根にのぼってみせた。


その横顔は誰が見ても綺麗だと溜息を漏らすだろう。
三日月を宿す眼はどこを彷徨っているのか。


「おいっ」
「!・・・・おやおや、鶴がこのようなところに」
「君なぁ、それはこっちが聞きたいぞ」
「なあに、月見を・・な・・・」
「・・・最近、様子がおかしいって皆心配してるぞ」
「それは、すまんことをしているな・・・やぁ困った困った」
「・・・・・・・」


こそりと着物に隠れている徳利、おかしいなんてものじゃない。
素面のような顔をしてかなり酔いが回っている。
酒臭い、あの天下五剣とあろう者が。


「・・・・なあ、鶴よ」
「嗚呼・・・なんだ」


さあ、と風が吹く音がする。


隣に並んで腰かけて、酔いで屋根から落ちないように
さりげなく着物の端を掴む。


「・・・・ハハッ・・」
「・・・・・・・」
「・・・やあ、情けない・・・天下五剣ともあろう者が・・・言葉一つ、紡げない」
「・・・・・・・・・」


完全に酔っている。声をかけなくても、勝手に言葉を吐露している。
彼の酔うところなど、見たことがなかった。酔っていたとしても
上手く隠していたからだとも思うが、隠せていない。


「玉の緒よ絶えなば絶えね ながらへば しのぶることの 弱りもぞする」
「!・・・・それ、は」



鶴丸の深くに刻まれた記憶が、脳裏を巡る。
今、三日月はなんと・・・綴った・・・。



『玉の緒よ絶えなば絶えね ながらへば しのぶることの 弱りもぞする』


庭でぽつりと零していた、彼女の背中。
一瞬だけ、若かりし頃の彼女に見えて・・それもすぐに消えたのだが。
振り返った彼女は自分に気づいて目を丸くしていたけれど、
その皺の出来た顔は、悲しげに微笑んでいたのを、忘れない。


どんな姿になろうとも、俺は、君という存在から笑顔を絶やしたりなんかしない。


後ろ手に隠した金木犀を、彼女の手に渡すことは叶わなかったけれど。
君にそこまで想わせる者と、どうか幸せになって、笑顔をずっと。


それなのに、君は儚くも、此処から消えてしまった。



「・・・・嗚呼・・・何と・・・」
「・・・・なあ、三日月」


今、疑問が解決しそうな気がするんだ。確信になるんじゃないかってな。
今まで黙ってたことがあるんだ。気のせいだって思ってた。


「華は、君の―――」
「鶴よ・・・・日誌だ・・・」
「これ・・・返していなかったのか」


あの日、三日月が華の母についてこんのすけに問い詰めた時。
黒いこんのすけに渡された日誌を、差し出された。
それはたしか三日月が読んで、読み終われば書庫に戻せと言われていた筈だ。
抜け目のない奴だ。そのまま持っているなんて。


「どうすればよかったのだろうなぁ・・・・」
「・・・三日月」
「・・・鶴よ、俺は・・・俺、は・・・」



怖いのだ。華に真実を知られた先が―――

日誌に目を通して、俺は三日月を見やった。



やはり、君だったのか。君が、彼女に歌わせたのか。


一体、どんな想いで生きてきたのだろうか。


片や、刀剣であり、付喪神。
想いながらもそれを内に秘めて、見守り続けた。

自分もそれは同じだ。故に三日月の気持ちは理解できるところがある。


だが、彼女はどうだろうか。


審神者として生まれ、育ち、同じく気持ちを隠して。
皆の長として、凛とし心を殺してきたというのか。


互いに、好いていたというのに。交わることはなかった。
そういった素振りは彼女の方が上手く隠していた。


恋仲にはなれなかった。それでも、幸せそうではあった。
そういう仲ではないのに、皆は二人が並ぶのを当たり前のように見ていた。


自分もその一人であった。


「鶴?・・・・」
「一つ、酔い覚ましに教えてやろう」


日誌を見て真実だと告げられた今。
この酔いの回った月に告げてもいいだろう。


「俺が、何で華をお嬢って呼ぶと思ってた?」
「?・・・質問の意図が・・・」
「見ちまったんだ。見間違えだとは思ってたんだが」



華が転んだことがあった。起こそうと手を引いたときだ。


その瞳に微かに写りこんだ、三日月を・・・・。











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