今までに見たことがない程に、華は泣き崩れて、そしてそのまま意識を失った。


その様は、痛々しくて、とてもじゃないが三日月らは見ていられなかった。
泣いて暴れて、まるで聞く耳を持たない。


あの審神者が亡くなった時、確かに意識は失っていたが。
後にその事を伝えた時でさえ、皆の前では気丈に振る舞い、


そして夜中にこっそりと隠れて泣いていたくらいだった。
本人はばれていないつもりだが、本丸の誰もがそれを知っていた。


そう、この次期審神者は、幼い子供だ。
男士らにとっては赤子といってもいいほどに、幼い。


周囲からの期待を浴びる程に受けて、
聞きたくもない罵声も聞いて、
大人たちや、政府の嫌なものを一身に見て聞いて受けて


それでも、小さな彼女は笑っていた。


そんな主が、皆の誇りであった。


だから、ついてきた。だから、傍にいた。


早く自分たちの新しい主になってくれればいいと、願った。


心待ちにしていた。



それが、今はまるで彼女を抑えていた何かが壊れたように


否、きっと本来あるべきだった姿が出てきただけのこと。


手の付けられない、子供だ。


いや、手負いの獣といってもいいかもしれない。



目を覚ましたと思えば、焦点は合わずに泣いて暴れ出す。
呼吸を乱して枕を投げたり、食事も録に取らない。


以前光忠が食事を持ってきた盆を払いのけてぐちゃぐちゃにしてしまった時
豹変して何度も、何度も気絶するまで謝り続けた。
どこにそれほどの水分が残っているのかわからないくらいに涙を流した。
その事に対して、光忠は何も怒らなかった。
むしろ、ただでさえ弱っているのに傷つけてしまったと心を痛めて後悔していた程であった。


眠っている彼女の傍には、必ず誰かがついていた。


代わる代わる誰かが入れ替わり、聞いていないとわかっていても話をした。


時に見舞いに来てくれる空木から聞けば、怪我が回復次第、
政府の中心、重役に空木がつくことになるのだと言っていた。
これで、政府も漸くましになってくれることだろう。


今まで我慢してきて、ずっとため込んできたものが決壊して表に出てきてしまっただけのこと。


兎に角今は、時が経って落ち着くのを、見守るしかない。


また来ると言い、去っていく空木を見送る男士は、
ゆるりと彼女の部屋に上がった。


髪を梳いて、くっきりと残った涙のあとを指でなぞる。


そして、そっと首筋に目をやった。


そこには、薄くなった小さな残された痕跡。


乾きかけた熱さましの布をまた水桶につけて絞り、のせなおす。

















「主様、お目覚め下さりませ。共に散策に参りましょう」
















目を見開いて、辺りを見回す。

声が、聞こえた気がした。

しかし、部屋には誰もいない。

開いた障子、縁側に同田貫が座っていて、
気配に気づいて振り返った。


「お前ッ・・・!」
「・・・ない・・・・」
「ッおい、無理すんな・・っ」
「い・・な・・い・・・ひっく・・・」
「・・・水、飲め。・・な?」
「いや・・・っ・・・い・・・ゃ・・ぁ」
「チッ・・・誰かいるか!!」


珍しく焦点のあった目で見られていたもので
同田貫は思わず動作が遅れてしまった。
舌打ちしたのは別にめんどくさいとかそういったことではない。
折角、うまくいけばこのまま落ち着きを取り戻して
正気に戻ってくれると思ったのに、また泣かせてしまったと
自身に苛立っただけだったのだ。


「薬研!!まただ・・・ッ」
「・・・あんま鎮静剤とかこれ以上使いたくねぇんだが・・・」
「起きた時は普段と違った様子だったぜ」
「旦那、本当か?」
「ああ、何が引っかかったか知らねえがまた泣かせちまった・・・」
「任せな、旦那は交代して来てくれ」
「・・・・」
「ゆっくり、息吐いて・・・」


手首を掴んで脈をとりながら、薬研は体を支えて呼吸を促した。
泣いたせいだろうか、いや、普段と少し違う。
何が原因かわからないが、一気に霊力が高まったようだ。
すぐに低下したようだが、一体何があったというのか。


「・・・し・・た・・っ」
「?・・・もう一回、言えるか?」
「・・・・こ・・・ぇ・・・が」
「!・・・」


また意識を落とした彼女をゆっくり寝かせて、
薬研は足早にある人物の元へ向かった。


「三日月の旦那」
「何かあったか?」
「珍しく普段より精神安定してる。聞く耳持つのも今しかないかもしれねぇ」
「・・そうか、あいわかった。直ぐに行こう」


何かを引出から取り出し、三日月は薬研と共に部屋に向かった。
しかし、途中廊下で血相を変えて走ってくる御手杵に、嫌な予感が過った。


「ぜぇ・・・ッ・・・いなく・・・なった・・・ッ!!」


本丸中が騒がしくなる中、皆の体に異変を感じた。
霊力がぐっと一瞬下がったのである。これは審神者が本丸を出た時に感じるもの。


まさか・・・・


「まさか・・・転送門か!?」
「・・・・誰ぞ、あやつを呼んで参れ」



―――――・・・。


裸足でふらふらと歩き彷徨う姿は、儚げというよりも危うさが際立つ。
森の中、足を汚して、小石を踏んでも切り傷や擦り傷を作っても、
その小さな体は歩くことを止めなかった。


ふらり、ふらり・・・・。


ザアアア・・・・・


雨が、降ってきた。


夜に出て来たせいか、月明かりが消えて訪れるのは、暗闇だ。


「・・・・どこ」


首筋の小さな痕に手を添えて、濡れる体を無視して



・・・よか、った・・ねぇ。元気に、なっ・・・て


ポタリと、雨ではない別の滴が落ちた。


「ねえ・・・どこに・・・い、・・るの・・」



此処で、抱きしめてあげたら、元気になったのに。



この、墨俣の山の中で。


泥まみれの地面に倒れこんで、ぐしゃぐしゃに顔を濡らして。


わかっている。皆に心配をかけていることも。

迷惑をかけていることも、全部、わかっている。


けれども、どうしても脳裏からあの光景が離れなくて。


最愛の御婆を亡くして、一人になってしまった自分。
それでも、皆がいたから、生きてこられた。


自分が、審神者に成れなかったら、ただの人間になってしまったら。


どうして生きればいい?


誰にも打ち明けたことがなかったが、いつだって自分は不安だった。


現世と、審神者を護る鳥籠の中。


時の流れの違う中を行き来して、精神と体が追いつかずに成長して。
人として生きていてもまだ十と二だ。それに見合って生きているのか?


皆をなくしてしまっては、生きることなんて出来ない。


もう誰も、失いたくはないから。


だからこそ、守護を修練し、鍛練を重ねてきた。


それなのに、それなのに・・・っ


目の前で、自分を庇って、消えてしまった。



苦笑して何か言っていた気がするけれど

幼い自分には何を言っているのか理解する前に、


精神が耐えられなくなっていた。


「こまる・・・やだ!!!!しんじゃいやだああああ!!!!!」
「―――落ち着け!!」
「いやああ!!!う・・ぇ・・・ッごほ!!い・・やッ!!!!」
「吐血してるッ・・・とにかく抑えて―――」
「精神が乱れて霊力も安定しないのかッ・・・これ以上負担をかけるとまずいぞ!」


ふと何かを感じて、三日月は視線を別にうつした。


折れた小狐丸の刀が、光りを纏い、一つに重なっていく。
薄れてきていた姿。着物の懐が一層光を放っていた。
三日月がそれを探り、目をやり見開いた。


血にぬれてはいるが、確かに感じる霊気。
しっかりとなくさないようにか、着物の内側の紐で結ばれている


「これは・・・守り?」
「それは、先に俺も同じものを渡された・・・御守と言っていたが・・・」
「・・・・っ・・小狐・・・?」


ぴくりと指先が動いた気がする。
刀は綺麗に、まるで折れたことが嘘だったように修復されていた。
懐の御守は跡形もなく消え失せていて、感じられた霊力もなくなっていた。


介抱されているときに、感じたもの。


散策に出た時に感じた、花の香り。


時折、髪を梳いてくれた手のぬくもり。



声も、聴いていたような。



何度も、何度も・・・誰かに謝られていた気がする。






申し訳御座いませぬ・・・
   
   この・・・のせいで・・・気を病ませてしまって・・


  本当に・・・・申し訳御座いませぬ・・・・・・


ですが、どうか・・・今一度どうか・・・・





――――そのお声を・・・この・・・めに・・・





「こほっ・・・けほっ・・・!」


視界がぶれる。霞がかるその目には暗闇も手伝って
ほとんど何も捉えることができない。


皆、ごめんなさい。勝手なことばっかりして、迷惑ばかりかけた。


こんな自分が、皆の審神者になるくらいならば、ここでさよならしたほうが、いいのかな?


手に精神を集中させて、護身用の短刀を出し握りしめる。
皆に怒られるかもしれない。もう怒られることをしている。


どうしたらいいんだろう・・・・・


もう、何もわからない。


誰でもいい・・・誰でもいいから、





御願い・・・・・・




誰か、・・・・の名前を呼んで・・・・。




「・・・・っ?!」


ふと、何かの気配を感じる。
まさか、歴史修正主義者の何かだろうか。


仮にここで命を果てるとしても、敵にくれてやるわけにはいかない。



体を何とか起こして座り込み、震える手で短刀を上に掲げた。
両手で握りしめて、ゆっくりと目を閉じる。


覚悟を決めて振り下ろした・・・・筈だった。


強い力が、震えながら刀を離そうとしない。
まさか、敵に自害を止められた?
何にしても、振りほどこうとがむしゃらに暴れた。
それでもそれは離れる気配がなかった。


そして、そのまま暖かな何かに抱きしめられたのだと、
認識するのに、時間がかかってしまった。



「・・・よしよし・・・怖くありませんよ・・・」



ゆっくりと、目を開ける。



聞いたことのある言葉・・・聞いたことのある声。


この場所で、たしか・・・・



「よかった・・・御無事で・・・ッ・・・目を、覚まされて・・・・ッ」
「ッ・・・!」


この、好きな香の匂い。


滲んで見えるが、この距離ならば暗くてもわかる。



狐色の、着物。


腕を伝ってくる液体にはっと視線をやると、赤い滴が流れてきていた。


まさか、刀を捕まえているのは・・・


ゆるゆる視線を辿ると、短刀の刃を大きな手が握りしめていた。



「・・・は・・・な・・・ッし・・・・!」
「何故・・・ッ・・何をされていたのですか・・・っ!!」


震える声で、怒りをかみ殺そうとしているのがわかる。
呻きのようにも聞こえるそれに、体が強張った。
その体をきつく抱きつぶされるのではないかという力で捕えられる。


「手・・を・・・ッ・・・はな・・・」
「こうしてしまった自分を殺してしまいたい!!!ですが・・・ですが今は・・・ッ!!」



ただ、主様に・・・・


    生きて欲しい・・・・ッ!!!



「主様を失いたくはなかった!!故にあの時の行動は後悔は御座いませぬ!!」
「・・・・っこ・・・」
「しかし結果として、主様の精神を殺し!傷つけ・・・挙句にこのようなことを・・・っ」



死んで詫びるには足りないことをしてしまった。


そして今も、この言葉は主様を傷つけてしまっていることでしょう。


けれども、自分自身を許せないことも然り、そして・・・



「主様に・・・置いて逝かれたくはありません!!!」
「こ・・ま・・・っ」
「どうか・・・どうか・・・後生の頼みです・・・っ・・・」


皆も思っていることでしょうが、何よりも、誰よりも・・・



「この小狐を・・・この・・・ッ小狐めを、今一度御傍に置いて下さりませぬかっ!!」



この場所で、拾っていただいた時のように。



「主様がおらねば・・・生きてゆけぬのです!!!」



怖かったのです。自分の有るべき意味が。


持ち去られ、顕現し、己の立つ位置はどこなのかと。


動きのなかった小さな体が、僅かに身じろいだ。
また、病んでしまわれたか?それとも、まだ自害を・・・?



「こまる・・・」
「ッ・・・・!?」


ぞわり、と。初めて会った時のように霊気が一気に身を包む。
ほんの少し体を離して様子を見ようとしたが、叶わなかった。
着物を掴まれて、引き寄せられたからだ。


「・・・・よ・・んで・・・」
「・・・主様?」
「・・・・お・・ねが・・い・・呼び・・戻し、て・・・・」


意図を計りかねた。しかし、此処で選択を間違えれば


何故か、二度とかえってこない気がした。



「・・・華、様?」


戸惑いながら、今までそういえば名前で呼んだことはなかったなと思いながら名を口にする。


すとんと、小狐丸の体に本来あったはずのものが戻ってきた気がした。


「・・・いか、ないで・・・・」
「華様・・・」
「・・・・死な・・・ないで・・・」
「はい、華様」
「はなれ、ないで・・・みんなも・・・や、だ・・・」
「お伝えします。ですので、この小狐の言葉もお聞き下され・・・」
「・・・なあ、に?」



「逝かないで下さい」


刃を握りしめる力を緩めずに、はっきりと伝える。
華に抵抗の意志も、自害をしようとする考えもないように見えた。


「・・・うん」


届いた。


言葉が、漸く通ったのを感じた。
華の意識は、完全に此方に戻ってきている。


「どうか、離れないで下され」
「・・・うん」
「この身を、離さないで、下さいませ・・・」
「・・・・うんッ」
「華様は、色々と溜めこみ隠して見せてくれませぬ。故にもっと心内をお聞かせ願いたい」




暫くの沈黙。



そして、聞こえてきたのは、小さな声。
何かを訴える小さな右手の動き。


「こまる・・・・」
「はい、華様。」
「・・・・さむいよ・・・」
「!・・失礼致しました。では・・・」


ふと視線を辿り、掴んだままだった短刀を華の力の入っていない手から取り上げて
適当に茂みの方に投げ捨てた。血で汚れないようにそちらの腕も背に回して、華の体を遠慮なく抱きしめた。



雨はいつのまにかあがり、日が昇り始めていた。


疲労と安心からか、意識を手放した華の体を抱き上げて
あの、出会った日のように、急ぎ足で小狐丸は本丸を目指した。











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