「他人に嫉妬とか、良くないよ。鬼になっちゃうからね」


嗚呼、もう既に鬼になってしまっているんだったかな。
そう苦笑し華を背負う髭切は膝丸の様子を横目に時々見ていた。
「問題ない」と言いながらも、傷を負っているのだ。
最初は自分が華を背負うといい、華は大丈夫と断り、
押し問答をしている間ににこやかに入り込んで有無を言わさず
断ったらどうなるかわかるかな?と言わんばかりの威圧感で
華を黙らせて大人しく背に乗るように促した。

華も霊力が弱っている状態で無理矢理結界を貼ったことで
酷く疲弊して顔色が悪い。それは霊力を受けている二人には良く分かった。
華の体は小さく震えていて体温も低くなっている。
小狐丸のマフラーと、髭切の上着を羽織っているがそれでも震えは治まっていない。


「・・・あっち」
「兄者、俺が先に――」
「待った・・・何かくる」


柱に隠れて静かに待つ。
遠くを何かが通り過ぎる。


あれは、鬼の仲間だろう。先ほど倒した者よりも小柄ではあるが。
重い足音を遠のかせて消えたのを確認し、歩を進めた。

向かう先は、此処にいるのであろう二つの刀剣の気配の場所。



―――――・・・・・。


「まさか、政府までもが浸食されていたとはっ・・・」


嘗て審神者の弟子であった女、今は封印された鬼であるが
その刀は今、政府の暴政派のトップを務めていた男が握っている。
刃を交えてわかったのは、封印の刀が妖刀になってしまっていたこと。
男が何かをしたのは明白だ。そして、今この場は最悪なことになっている。


「限がないなッ」
「ハハッ・・本丸が攻め入られた時に比べれば・・・やぁ懐かしいな・・」
「三日月・・走馬灯でも見始めたか?」
「まさか・・・華の命尽きるまで俺は、まだ消えるわけにはいかぬのでな」
「空木殿!!報告!!!」


暴政派と心酔派が衝突!!被害甚大!!敵増援も来ます!!!


「らしいが・・・今は主権を争うべきではないでしょう!!」
「・・・・・」
「政府を操り・・審神者を操って何になるのか!!?」
「・・・何って、決まっているじゃないか・・・」


歴史を改変することがデキル・・・。


歴史を変えては、何故イケナイノカ?


オマエモ、変エタイだろウ?


娘ガ死んだノも、ナカッタコトニデキル・・・。


「黙れッ!!」


オマエノ一族は、皆不憫ダ・・・マルデ


――――呪いだ


「何年も、こんのすけと共に審神者に尽くしてきた」


その度に、審神者の知らないところで、多くの一族が死んだ。
遂には跡取りとなるはずだった娘も失った。


「俺ガ、取り戻してヤレルのダ」
「・・・・・」
「空木・・・サア」


赤黒い光を発しながら、鬼に変わりつつある男が手を差し出す。
空木は刀を持った手をおろし、真っ直ぐに鬼を見つめた。


その目は、憐みに満ちていた。
一気に間合いを詰めて、伸ばされていた腕を切り払う。
うめき声をあげて男は下がった。


遠目で様子を窺っていたであろう三人が安堵の表情を浮かべている。

大丈夫だ。私はこれからも、死ぬまでこの命を審神者様に捧げると決めている。


そう、誓ったのだ。あの方の葬式で固く。


鬼と化した男が妖刀の光を吸収する。
体躯を変化させ、強靭なものにしていく。
ビキビキと異音を発しながら変化するそれに皆が眉を顰めた。


「何とも・・・人とは・・・」
「愚かなものだ」
「・・・・」


流石に疲弊してきている三人。
小狐丸は懐を握りしめて華を想った。
書庫に置いてきてしまったが、無事だろうか。


今、自分がここで戦えているのは、前審神者が亡くなってからの刀であるため。


「この小狐丸めは、華様の初期刀ですから!!」


そう、政府からも認められた。



だが、逆にそれが、自分の存在を否定した。


知っていたのだ。ある日華が鍛練に政府の道場を訪れた時にきいてしまった。




小狐丸が初期刀として顕現されたとした方が、審神者の長として都合がいい。


前審神者によって資材を投入し、鍛冶場で作られ


刀として形になる寸前に、弟子である娘に引きずり出された。


その娘が、自分の柄に手を掛けるものだから。


顕現されて人の身を得たくはなかったから。


転送門に飛び込んで、あの山に逃げ込んだのだ。


霊力も注がれずに、山の中で人の身を得てしまった。


当てなく彷徨い、時に異形の者から逃げて。


幾何の時を、過ごしたのだろうか。


嗚呼、どうして華様に霊力を注がれて、人の身に成れなかったのだろうか。


そうなりたかった。本丸にいる皆が羨ましかった。
誰からも、前審神者の霊力を感じることが出来た。
皆、主の手で顕現されたことを誇りに思っていた。


後に現れた長曽祢虎徹でさえ華の霊力でこの世に足をつけたというのに。


なれば、この小狐丸は、一体何者なのか?


自分だけ・・・・・人の器に霊力を注がれて・・・


嗚呼・・・嗚呼・・・・・ッ華様・・・・



ただ、ただこの小狐丸は・・・・


今すぐに、その小さき体で、その細い腕で・・抱きしめてほしい。


「こまるッ―――!!!」


嗚呼・・・聞こえる。その甘美な声が・・・。


華の声に、小狐丸は我に返った。


意識を戻せば、見覚えのない男士が参戦している。
敵の増援、気づけば女の鬼も加わっていた。
空木殿は負傷したのか、部下の人間に結界を貼られて手当てを受けている。
無意識に華の声に反応したのか、目の前で切り崩した鬼が沈んだ。


何という御顔をされている。まるで死人のような顔色だ。
さあ、この小狐が暖めてさしあげます。嗚呼、以前頂いた首巻をつけてくれている。


何故、人の身はそんな些細なことでさえ、身を温かくさせてくれるのか?


一歩華の元へ行こうと足を踏み出した時


世界の時が、遅くなったように感じだ。


華の背後に、いつのまに移動したのか
空木と先程闘っていた鬼が迫っていた。


気づいて振り返る華だが、体力を消耗していて動けないのだろう。
目を大きく見開いて、固まってしまっている。

どこからともなく、彼女の名を呼ぶ声が響く。


動け、もっと早く!!!









「主様は・・・その・・この小狐が初期刀で・・よかったのですか?」



不安になって、聞いたことが、何故か思い出される。



「審神者の儀式を終えてから、御自身の手で顕現の儀もされるのでしょう?」


前審神者が、歌仙兼定を生み出したように。

きっと、儀式を終えれば、顕現の儀もされるだろう。


此処で良くないとか、初期刀ではないと言ってくれれば・・・。



悩まなくても、苦しまなくても、よかったのか?


このような心を、持たなかったのだろうか?



「こまるはね、華が初めて直接戦場に出て手に持った刀なんだよ?」


だからね、華の一番最初!初めての刀なの!!


「うんとね、難しいけど、こまるは最初なの!」


嗚呼。その言葉だけで、この小狐丸は・・・・


















――――――幸せでした。

















大きな手に押されて、床に倒れる華の目には


鮮やかな、赤の飛沫が飛んでいて。


きれいね、ふわふわだね。そういって撫でていた髪が、染まって。


その中で、何かが・・・宙を舞って


嗚呼、アレは刀の先・・・・


かたなの・・・さき?・・・・・・・・



此方を振り返って、微笑む狐の本体であることを、


ただ、認めたくなかった。




「こ・・・・ま・・・・る・・?」



きらきらと輝きゆっくりと落ちていくそれの向こう。


女の鬼が、男の鬼を貫いていて


脳内に、ごめんなさいと聞こえた気がしたけれど。


鬼の姿が消えても、誰かが駆け寄ってきてくれている気配を感じても



その大きく見開いた眼を、視線を外すことが出来なくて








「ぬしさま」









来世があるのならば、どうか・・・どうか・・・・


         この小狐を、御傍に置いて下さりませ・・・・・・







輝いて見えた彼の切先が、




地に、墜ちた。














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