亡くなられた前審神者の長は、真に長と名乗るに値するお方であった。

その方が愛し、庇護しておられた孫は・・・。

残された孫に期待や様々な思いを抱くのは避けられないこと。
それが如何に重みになるとも知らず、ただぶつけるのみ。

政府の者達の勝手気儘な言葉の嵐を、静かに眺めるモノが―――



―――・・・。


「華はどうしたのだ小狐」
「主様は政府の呼び出しに合い、出掛けておられる」
「何故傍におらぬのだ?近侍は外されては・・・」
「それがな、三日月よ・・・主様は一人で参ると言い聞かず」


誰が見ても明らかなほどに、小狐丸は落ち込んでいた。
それもそうだろう。普段から華の傍を離れず
短刀らや他の男士らにも離れろと言われていた程だ。
それが、華から急についてくるなといわれたのだというのだから
落ち込むのも無理はない。そのあまりの姿に同情する者もちらほら。


何かを思案するように三日月は扇子で口元を覆い視線を巡らせる。
何故急に供もつけずに政府に行くようになったのか。
過去の一件から政府にはまだ不信感はある。
男士が供についてくることを華は拒否したことはなかったし
寧ろ今日は誰と行くと華から指名してくるほどだった。


「三日月さん、華なんだけど」
「大和守?」
「最近、元気ない気がするんだよね」


普段と変わりはなさそうだけど、休憩で食べる菓子が減ってなかったりするんだ。
顔色も少しだけ普段より白い気がするし、ずっと見ていられるわけじゃないから
気のせいかもしれないんだけど、でも・・・。


不安を滲ませる声色で安定は三日月を見据える。
恐らく、当初の持ち主の件もあってのことだろうが


安定は人の変化を見逃さない。


些細なことでも拾いあげ、注意深く観察する。
特に体調の変化には敏感であると、三日月は彼を見ていた。
その彼が言うのだから、信憑性は高いだろう。

導き出されるのは一つだけ。


華は何かを隠している。それも、自分たちに知られたくないことを。


「・・・・大方、決まっているだろう」


珍しく、内番帰りの装いをした大倶利伽羅が会話に入ってきた。
そうだ、この男もまた静かに華を見守り続けてきた。


「心配をかけないため、ってことかな?」
「光忠・・・飯は」
「たしかに、大和守君が言うように残していることがあるよ」
「辛抱ならぬ!!」
「ちょっ・・・小狐丸さん!?」
「主様の元へ参ります!止めてくれるな!?」


周りの静止も振り切り、転送門へ向かう小狐丸に
唖然とする者、追いかける者、そして


「俺も参るか」
「三日月さんまで!?」


――――――・・・・・。



前審神者は攻守共に優れ、刀剣達を率いてきた。

また、その弟子であった者は攻撃に優れていた。
その者は鬼神と化し、今は幼審神者の刀に封印されている。

そして、その孫は


「次期審神者は”守”に特化されておられる」
「攻めることが出来てこその審神者ではないのか?」
「刀を率いる筆頭が攻の才能がないとは情けない」
「しかも【あの審神者様】の孫であるというのに」
「本当に【あの審神者様】の孫なのか?」
「よせ、聞こえるぞ」
「なあに、言うてまだ幼子よ。それに男士もつれていない」


政府の空間の一つに、審神者の身体能力を計る道場のようなものがある。
そこで審神者の適性を知り、能力を伸ばし、刀剣を率いる精神を鍛える。
審神者がいたころには本丸で修行をこっそりしていたらしいが
その審神者はもういない。仕方がなく政府の訓練場に足を運んで
自身を鍛えているのだが、毎度政府の役人が遠目から華を見て
何かしらの悪態をつき、前審神者と比べてくるのだ。


役人が言うように、華は攻守の守りに秀でているようで
前審神者もそれを伸ばした。


「(ばっちゃが言った。華の力は皆を守ることができる力だって)」


結界の力は前審神者以上に強いということが今日わかった。
それは良いことなのだろうが、役人には面白くないようだ。

自分が悪く言われるのは構わない。けれども、彼らは一緒にいる
刀剣男士についての悪口をいうことがあるのだ。
小狐丸がよく傍についてくれていたのだが、先日役人が
悪口を言っているのを耳にしてしまった。

何と言っていたかは思い出したくもない。
しかし、華は思った。誰かが一緒にくれば、
華のせいで悪口を言われてしまう。


だから、小狐丸には可哀相だが本丸で待っていてもらうことにした。
一期や鶴丸、大倶利伽羅も一緒にきてくれると声をかけてきたのに。


華が強くならないといけない。攻撃の術も
いつかきっと練習すれば出来るようになる。
何度だって、そう、何度だって―――


「無駄ですよ、幼審神者様。貴方にその才能は」


限りなく零なのですから―――


華の手が、止まった。


「前審神者様の時はよかった。あの方は本当に優れておられた」
「・・・・」
「はっきりと申しまして、華様の攻撃に関する知識等」


最低なのですよ。つまるところ、とんだ『落ちこぼれ』なんです。


「七光りというやつですかな?」
「まこと、怪しくなるな、本当に孫なのやら」


華は、何も考えられなくなった。
世界で一番大好きだった人が、華のせいで悪く言われる。


頑張っても、ダメなのだろうか?
華には、本丸にいる皆を率いていくことができないの?


ふと、視界の端に人を捕えた。
政府の役人ではない、黒髪で毛先は金色だろうか?
白い着物はだらりと逞しい筋肉を肌蹴て晒している。
壁に凭れて腕を組んで、何かに怒りを覚えているような顔で役人を見据えていた。
そんな彼に誰も気づかないのか、彼もまたそれを知っているような雰囲気を出している。


そして、華は彼と目が合った。
彼は驚いた表情を見せたがすぐにそれは消えて。


いつのまにか周りは真っ白な空間にかわり、
そこには彼と華だけが存在していた。


「俺が見えるとは思わなかった」
「・・・とうけん・・・?」


華の頭にふわりと名前が浮かんでくる。


「流石は審神者といったところか」
「どうして、あそこにいたの?」
「・・・検非違使というのを知っているか」


歴史修正主義者とはまた違う勢力なんだが、
どうやら俺と弟の本体がそいつに捕らわれているらしい。
言うならば、今の俺は思念のようなものだ。
強い霊力を感じて此処に来たんだが、辿り着いたのがお前さんだった。
邪気のない、真っ直ぐ凛とした目を幼子ながら持っているのを此処で見ていたんだが。


彼は華の髪をくしゃりと撫でて、怒りを宿した目で見つめた。


「その目、最近曇らせているな」
「・・・・」
「審神者の曇りない眼であれば、俺の名前もとうに見えたろうに」


まだわからんだろう?と苦笑が一つ。

俺の怒りの矛先はおまえさんを曇らせているあいつらだ。
あまり話す気はないんだが、俺は世間でいう『贋作』らしい。
だが、おまえさんは悪く言われようが、その血は真の審神者の血だろう。


何を気に病む?何を恐れる?


「恐れるな、おまえさんは、おまえさんだ」


彼の後ろに、歴史修正主義者とは違う鎧を纏った存在が浮かび上がる。
禍々しい色を滲ませて男を取り込もうとしている。


助けなければ、取り込まれてしまえば彼は―――


「おまえさんの名は何だ?おまえさんは―――」


何者なんだ!!



「華は・・・っ華は―――」


私は華!!!本丸の皆を守る審神者だよ!!


彼の名前を覆っていた淀みがさっと晴れる。
今ならわかる、今なら呼べる。

「ながそねこてつっ!!!」



白い空間は、検非違使と共に消え去った。



誰かに抱かれているのを感じて、ゆるりと目を開けた。
白い空間と共に消えてしまったかと不安に思っていた存在。


彼、長曽祢虎徹は、その場に存在していた。
その彼の腕の中にいることを不思議に思いながら
「ながそね?」と声をかけてみる。


「やはり、その眼は澄んでいるほうがいい」


その眼が曇らぬように、共に参らせてもらおう。

新たな小さき主殿。


耳に入る聞きなれた声に華が視線をむけると
血相を変えて飛び込んできた小狐丸と、
どうやら役人の話を聞いたらしい追いかけてきた極上笑顔の安定と
これまた天下五剣に相応しいというべきか、最上級の笑顔を浮かべて
本体に手を掛ける三日月の姿。


「推して参ろう」
「うん!みかづきー!こまるー!やすー!」



もう迷うことはないだろう。
この目に曇りはもう、ないだろうから。










×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -