縁側で日向ぼっこをしていて、どうやら眠ってしまったようだ。
くありと欠伸をこぼして体を起こす。
本丸の中はとても静かで、不思議に思いながら目を擦った。


「・・・こまる?・・・とと様?」


誰の気配も感じない。呼んでも誰も来てくれない。
厨にいっても、みつも、かせんもいない。
祈祷場に行っても、いしきりまるも、たろうもじろーも。
粟田口のお部屋も、稽古場もお風呂も、全部全部見て回ったのに。


「みんな・・・どこいっちゃったの?」


何が起こっているのか、わからない。
呼べば必ず来てくれる皆がいない。


「これは、夢ですよ」
「!!・・・だあれ??」
「夢の住人、ということにしておいてください」


苦笑して此方に歩いてくる知らない人。
ふわりとした白茶色の髪に白い服。
腰にあるのは・・・脇差?


「大丈夫です。これは、夢ですから」
「・・・ゆめ・・・」
「そう、夢です」


じゃなきゃ、貴女の大好きな人がいない訳がないでしょう?


「そう、だね・・・」
「そうですよ」
「うん・・・・みんなが、いなくなるなんて・・・」


――――さ・・・―――


「?・・・」
「どうしました?」
「(声・・・きいたこと、ある)」



―――ひ・・・いさ・・・・ッ!!――――


夢の住人という少年は、目を細めて笑みを消した。
気持ちの悪い風が吹く。華は別の気配を感じて振り返った。


「!・・・あおえ?・・・そうざ??」


本丸の池にうつる彼らが、此方に何かを叫んでいるようで。
声は聞こえない。けれども表情は怒っているようにも見える。


―――華、何かしちゃったのかな?


「聞いても、いいですか」
「!・・・なあに?」


少年の声に、池から視線を外す。
にこりと微笑んだ少年。


その表情からは、温かさを感じなかった。


「過去の幸せの日々と、今の幸せの日々」


――――どちらが欲しいですか?


「・・・どういう、こと?」
「過去の暖かな日々、縁側から優しい眼差しで微笑んでくれた人のいる」
「!・・・ッ・・」
「おいかけっこをして、大好きな人と共に歩いて」


誰も折れることもなく、死ぬこともなく
幸せな日々を、過ごしたいですか?


「・・・・折れて、欲しくないよ」
「ですよね」
「・・・・・もう、誰も・・・死んでほしく、ない」
「はい。わかります」


なら、ボクに任せて下さい。



―――幸運を、貴女に運びましょう。





「耳貨したらあかん!!!ひいさんッ!!!」
「あか・・・し?・・・・ッ・・!!?」


少年と華の間に割り込むように現れたのは
明石国行であるはずなのに・・・


―――遡行軍の太刀が、どうして見えるの?


「え・・・あか・・し?」


此方に手を伸ばすのは、明石ではない。
大きくうめき声を上げるそれは、間違いなく敵の太刀だ。


「大丈夫ですか?危うく敵の罠にかかるところでしたね」
「・・・わな?」
「貴女の好きな人達に化けて、攫いに来たんですよ」


少年の言葉に、視線を太刀に向ける。
明石の気配は感じられない、やはり本当なのだろうか。


「此処はボクに任せて、逃げて下さい」
「で、でも・・・ッ」
「早く!」
「・・・ぅ・・・うん・・・」


逃げていく華に笑みを浮かべて、少年は脇差をぬいた。
少年の目の前にいるのは、遡行軍の太刀・・・ではなく。


「よぉ邪魔してくれたな・・・自分・・・ッ!!」
「惜しかったですね、ひやっとしましたよ。」
「ひいさんに、何したんや!!」
「何って・・・ボクは御役目を果たすだけですよ」



彼女の願い、そうです。


―――幸運(死)を、運ぶだけ――。


此処は彼女の神域。
神の血を引く彼女の持つ、


―――心の中


先程逃げた華は、心の中の華だ。
故に、夢の中だと言ったとて、嘘にはなるまい。


姿を消したということは、意識を戻したということ。
今頃は彼女の目に月は無く、宗三左文字らが敵に見えている筈。


敵の姿に見えるということ。これが意味するのは、一つ。


―――彼女が自ら死への道を歩み始めたということ。


「明石さんなら、わかりますよね」


一時は此方に、身を置こうとしたのですから。


嗚呼、だからこの場所へ入り込むことが出来たのかと
少年は苦笑を浮かべたが、すぐにそれを消した。

少年の言葉に、明石は目を細める。
京都のことを言っているのだろう、しかし何故知っているのか。


「彼女も、同じですよ」
「なんやて・・?」
「ただ、貴方達を失いたくない、それが望みです」
「それが何でひいさんの死に繋がるんや!」
「彼女が望む幸運の道」


それは、一度考えついてしまったもの。


―――自分がこの世に産れなければ


「ッ・・・なに・・いうて・・・」
「心の声を、聴きましたから」


母親は歳を取ることなく、老いることもなかった。
そうなれば、この本丸は平穏のままに時を流したのではないか?

小狐丸が盗まれることもない、つまりは折れないということ。

弟子の女性が鬼になることもなかった。


自分が産れたから、誘拐事件が起こってしまった。
手に入れようと考える者が現れて、歴史を繰り返した。


自分のせいで、狂ってしまった。


戻すことが出来るのならば・・・・


「そう、思ってしまったんです」
「ひいさん・・・・ッ」
「すぐに彼女はその考えを消しました」
「・・・・・」
「けれども、人は弱い生き物ですから」


遡行軍は見逃すことはありません。
今は霊体が離れている状態ですからね。


霊体に正の感情があるとすれば

今の神体のみを宿す彼女に残されているのは


「負」


「故に、彼女の意志に関係なく、負の感情が死へと導きます」


だから、今の彼女には明石さんが敵に見える。
霊体が体に戻る事がなければ、彼女は貴方達がわからない。


「それは、ボクじゃない人達にとって、好都合なんです」
「・・・・自分、何で――」


―――そんな悲しそうな顔しとるん?


横を通り過ぎ華を追う明石を、
少年は手に握りしめた脇差で止めることは、なかった。









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