彼女と過ごした思い出は、
色褪せることなく、鮮明に覚えている。


あれはそう、僕が初期刀として選ばれ顕現し、
季節は秋、風は穏やかで、少し肌寒く感じた日。


「審神者、少しいいかい?」
「歌仙ですか、どうぞ」


静かに障子を開けて、彼女を視界に入れる。
報告書を書いていたのか、小筆を置いて
審神者は此方に視線を向けて微笑んだ。


「どうしました?」
「彼岸花が綺麗に咲く場所を見つけたんだ。気分転換に、どうかな?」
「ふふ・・・丁度終わりましたので、支度をします。少し時間を下さい」
「わかったよ。準備が出来たら声をかけてくれたまえ」


審神者は嬉しそうに誘いを受けて出かける支度を始めた。
障子を閉めて、歌仙は自身も支度の為に部屋に踵を返した。



――――――


「では平野、留守をお願いしますね」
「お任せ下さい!歌仙さん、長様、いってらっしゃいませ!」
「任せたよ、平野」


この時、確かまだ本丸にはそれほど刀剣は集まっていなかった。
故に、遠征、内番に男士は行っており静かな物だったな。
平野の見送りを背に、歌仙と審神者は門を潜った。


木々の木漏れ日の中、静かにゆるりと歩く。
審神者の少し前を歌仙が歩き、その後ろを審神者が続く。
舗装されている道ならば、隣を歩くのだが
草を踏み、小枝や石をさり気なく蹴り道を作る為だ。
隠しているつもりなのだが、恐らく審神者はわかっている。


顕現して時間は経ったが、彼女は思っている以上に聡明であった。
そして良く自分達を見ている。まだ若い女性だというのに。
自身の身を刀剣という道具でありながらも等しく軽んじず見てくれて

この命を差出し、護ると固く誓えるほどに
僕は彼女を尊敬し、誇らしく思っていた。


途中小さな、飛び越せるほどの小川が見えた。
此処をこえれば目的地は目前だ。
追いついて隣に並んだ彼女が何やら不思議な動きをしている。


「何をしているんだい?」
「はい?飛び越えるのに袴の裾を・・」
「君・・・何を考えているんだ」
「大丈夫ですよ、このくらいならば飛び越せますから」
「その必要はない。僕に任せておくといい」
「何を・・・っ!?」
「ほら、しっかりつかまっているんだよ」


彼女の背面から腕を回し胴体を支えると共に、
膝下に差し入れた腕で足を支える。


軽いな、しっかり食事は取っているのか?
それに、見た目よりも小柄で・・こんなに小さかったのか。


ふわりと地を蹴り、軽々と小川を飛び越えて
ゆっくりと彼女を下してやった。


「・・・すみません、歌仙。手間を」
「気にすることはない。男として当然だろう」


―――さあ、もうすぐ着くよ。



一面に咲く彼岸花の赤に、審神者は目を細めた。
空の色は普段よりも少し薄い青に見えて、それも美しさを際立たせている。


「美しいですね・・・」
「そうだろう、君とこうして共感したかったんだ」
「有難う御座います、歌仙」
「君は雅も風流も理解してくれるからね、僕も嬉しいんだよ」
「貴方ほど理解は出来ませんよ。学ぶことは多々あります」
「美しいものを美しいと言える、その心があれば・・」
「・・・歌仙も、美しいですよ」
「!・・・っえ?」


本体の鞘に優しく触れられて、ぞくりと身体が震えた。
他者に触れられるのは気分のいいものではないのだが、
そういう類ではなく、寧ろよくわからないが、胸が高鳴ったような。


「貴方は、私の初期刀ですから・・・」
「ッ・・・恐悦至極・・」
「ふふッ・・この彼岸花のように、顔が赤いですよ、歌仙」
「・・・まったく、困った主だね・・・からかっているだろう」
「すみません、照れている貴方は珍しいので」
「極稀に子供のような君に驚かされるよ・・・・」


笑いあい、穏やかな一時を過ごす。





幸せな時間のまま本丸に戻れる筈だった。


帰り道、来る際に通った小川の下流で休んでいた時だ。



「・・・・ッ?」


微かに何かの気配を感じて審神者は辺りを見回した。
審神者の敷地であっても、極稀に良くない者が入り込むことがある。
それは霊であったり、歴史修正主義者であったりだ。


どうやら、後者のようで。


此方に向かって突っ込んでくる短刀の姿を捕えた。
狙いは自分ではなく、歌仙か。


「歌仙!!ッ・・敵襲です!!」
「な・・・っ!?」


咄嗟に歌仙の前に庇うように立ち
羽織を脱ぎ短刀に向かって揮う。
敵の短刀は見事に羽織りを刃で切り裂くが
「止」と書かれた札が羽織についており
刺さったまま羽織事川へ放り込まれた。


「大丈夫ですかっ」
「何をしたんだい!!」
「ッ・・・歌仙?」
「君は・・・ッ君は僕の主だ・・僕は君を護る刀なんだぞ!!」
「はい・・・」
「君を護る刀が、君に護られてどうするんだ!!君を失ったら・・・っ」


主が死ねば自身が消えるから、そうではない。
今自分がこうして必死に叫んでいるのは


ただ、主としてではなく、純粋に・・
―――――彼女を失いたくはなかったからだ。


「私は、貴方が傷つくのを見たくはありません」
「・・・最初の頃、こんのすけにも・・・そういっていたね」
「そうです。ですから、庇いました。しかし、貴方の心を傷つけてしまっては、主失格ですね」
「・・・いや・・・違うんだ・・・驚いてしまって・・・」


彼女もまた、自分と同じように
大切だから、護りたいと思ったから庇ってくれたのだとしたら


そう考えたら、とても、嬉しく思えた。


「有難う・・・主」
「!・・・歌仙」
「けれど、関心はしない。今後は控えてくれよ」
「・・・善処します」
「まったく・・・仕方のない主だ・・君はっ」


――――――――――――


残りの敵も残滅し、一息ついて本丸を目指す。


「くしゅん!」
「!・・・(そういえば、羽織を失ったのだったな)」


戦闘後、気が高ぶってしまって忘れていたのだ。
今日は冷えている、それなのに羽織がないとこのままでは
風邪をひいてしまうかもしれない、女性が体を冷やすのはいけない。


「!・・・歌仙、これは・・」
「僕ので申し訳ないけれども、着ていなさい」
「ですが、貴方が冷えてしまいますよ」
「本丸までもう遠くはない、しかし君が心配したままも困る」
「か、歌仙・・・っまた・・下して・・!自分で歩けます!!」
「この方が暖かいからね。駄目かな?」
「だ、暖を取る為・・でしたか・・けれども、重ければすぐに下してくださいね」
「大丈夫さ、僕は之定だからね。」


君は軽すぎる、戻ったらうんと食事を振舞ってあげよう。


風邪をひかぬように、自身の外蓑を着せてやり
小川を飛び越えた時と同様に抱き上げて


戸惑い赤くなって少し困惑している
珍しい彼女に心が躍りながら、帰路についた。




―――――刎頸之交










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