「この本丸に客人とは、初めてだな」
「・・・うぐいすまる?」
「そうだ。一緒に茶でもどうだ?・・と言いたいんだが」


すまないな、今代わりの茶を持ってきてくれるはずなんだが
中々帰ってこないんだ。どこかで見なかったか?


「平野を見なかったか?」
「ひら・・の・・・?」
「一緒に茶を飲んでいたんだ。俺が顕現してすぐに会ってな」


縁側で共に茶をしようと誘ったんだ。
茶がなくなったのでな、気が利く平野は代わりをもってきてくれると言ったんだ。
今それを待っているところさ。しかし、遅いな。


赤い眼はどこを見ているのか。華の方を全く見向きもしないで
空の湯飲みを持ち、枯葉や塵の乗った盆が時を感じさせても
彼はずっとこの場から動いていないようだった。
その彼の傍にあるものに華は気づいてしまった。
寄り添うように傍で折れた、平野の破片を。


ゆったりと華に漸く顔を向けた鶯丸が口を開く。


「ああ、客人か。平野を見なかったか?一緒に茶でもどうだろう?」
「・・・・ありがとう。おちゃは、またこんどね。」
「そうか、残念だな。」


顔はまた逸らされて、視線はどこか遠く。
見向きもしないで、また紡がれる。


「平野を見なかったか?」


華は言葉が出なかった。
まだ本丸には鶯丸はいないが、きっと平野と仲よしだったんだろうなと
それだけは、わかった。ずっと待ち続けているのだと。


江雪も、一期も、鶯丸も、きっと鶴丸も皆同じ。


会いたいが故に、ずっと待ち続けていたんだと。


「・・・ここにおったのか・・・」
「!?」


聞き覚えのある声が背中にかけられる。
優しい声、雰囲気。間違えることはない。


「みかづき?」
「捜したぞ、漸く見つけた。」


・・・違う・・・同じだけれども、違う。

感じられるものは、華以外の審神者の気だ。


「俺の部屋で話そう。こっちだ」


拒否を許さない。そんな力を込められたような言葉。
華は恐る恐る後ろをついていくことにした。


――――・・・。


「さ、好きな茶菓子を食べるといい」
「・・・いい。」
「遠慮することはない。まあ、腹が減ったら食べるといいさ」
「みかづき・・・捜してたの?」
「ああそうだとも。ずっと探していた。俺はお前をずっと・・・」


優しい眼差しをしているが、色は出会った皆と同じ、赤。
しかもかなり暗い。三日月が見えないだろう程に。


「名前が知りたいなあ」
「・・・だめだよ」
「それは困る。俺はお前が欲しい」
「・・・・あげられないよ」
「ふむ、弱った。では何を与えればいい?」


菓子か?それとも遊戯をするか?
俺が舞いをやってもいいぞ。
何でも欲しいものをやろう。


「審神者の長というのは知っている」
「!」
「長でなくば、この呪われた本丸には入れなかっただろう」


あれは呪いだ。皆を折り殺しただけでは飽き足らず
ふらりと戻ってきたと思えば、本丸を完全放棄すると。


俺は、庭で兄を待ちながらも楽しげに駆けていた短刀らを知っている。
一期一振が壊れ逝くのも、知っている。


鶴丸国永が来るのを待ち望む大倶利伽羅も。
力尽き果てるまで光忠の身を案じ、鶴を願ったのも。


生きて審神者の帰還を待ち、再び見えるまで
耐え忍ぶと決めた江雪の姿も、笠を作る様も、数珠を作る様も。


鶯丸に出会えた平野の笑顔は眩しかった。
短刀の中で最後まで残り続けたからな。
茶を出して差し出して、すぐに綺麗に折れた。
鶯丸があの場から動かぬのを今まで見続けたさ。


そう、俺は皆が産れ、皆が死ぬのを見てきたのだよ。


「だから、なあ・・・」


もう、いいだろう?


俺も見返りが欲しい。皆失った。皆逝ってしまった。


この本丸には、もう、俺だけだ。


「傍に、いれくれ・・・可愛い蝶よ」
「・・・・みかづき・・・」
「頼む・・・後生だ・・・・・」


カラカラと薄ら浮かぶ骨。
強く抱きしめられて華は身動ぎすら出来ない。
髪に柔らく暖かな何かが触れた気がする。


「・・・帰すつもりは、ないぞ・・」


それは華へも、自分へ刃を向けてくる同じ姿の加護へも向けて。
三日月を宿す瞳の彼は、躊躇なく自分を斬ることが出来るだろう。
だが、加護はあくまでその刀剣の分身のような物。
守護対象を悪意から守ることは出来ても、攻撃することは出来ない。


「昔、政府とやらに一度だけ連れられたことがあってな」


そこで、お前を見かけたのだ。
親しきものが消えゆく中で、お前がとても魅力的に見えた。


ずっと、ずっと・・・待っていた。


「・・・いいよ・・いて、あげるね」
「!・・・それは、真か?」
「うん・・・」


安心した、とても嬉しそうな笑顔を見せる三日月に
華は心の中で、ごめんなさいと告げた。
わかりたくはなかった。けれども、わかってしまう。


彼も、時間がたてば・・・折れることを。


持って、一時間くらいだろう。


むしろ皆が折れていく中で、最期まで残れたのが奇跡なのだ。
それほどまでに、彼の気は弱くなっている。


そこまでしても残っていたのは、華に会いたい、この気持ち一つだけ。
それだけが、彼を此処まで存在させたのだ。


「嬉しいぞ。俺は、とても嬉しい」
「うん・・・」
「お前は、見えているのか?加護が」
「かご?」
「そうか、見えぬか。さて、何をしようか!」


まるで子供のようにはしゃぐ三日月。
華は何もしなくていい、こうしてだっこしててくれと告げた。
三日月は嬉しそうに了承して、他愛のない話を始めた。


「そなたの本丸の話を聞かせてくれないか」
「いいよ」
「・・・三日月宗近は、どのような奴だ」


見え隠れしていた骨の姿はなく、ただどこか寂しそうな三日月の顔。
顔を近づけて、全てを知ろうといった様子に華は口を開いた。


「・・・華の、三日月は・・・」


加護の三日月は目を閉じる。


「ちちうえさま、だよ・・・」
「!」


華の瞳に浮かぶ三日月に、何かを悟った様子で体を離した。
何かが軋む音、別れの時は近いようだ。


「そう、か・・・俺が人の父になるか。面白い」
「だからね・・・華は帰らなくちゃいけないの」


華は、この本丸の審神者にはなれない。
三日月と一緒にはいられないの。
うそついてごめんね?


「・・・わかっていたさ・・・じじいの我儘だ・・・」


俺が折れれば、この本丸はなくなる。
これは、悪い夢だったと思うといいさ。
けれども、もしも忘れないでいてくれたとしたら、とても嬉しい。


「苦しませてしまって、すまなかったな・・・嫌なものをみせた」
「・・・・・みかづき」
「だが、まだ、諦めきれんのだ・・・」



欲しかったものが、全て消えた。
産れて死ぬのを、千年見続けてきた。


もう、疲れてしまったよ・・・。


だから、最期くらいは欲しいと思ったものを、
手に入れたくなったのだ。


「出来ることならば、一緒に消えてもらいたい」
「・・・めっ・・だよ。みかづき」
「ははっ・・・愛いな。」
「・・・・・ちちうえさまも、みんなも心配してるもん」
「そうだな・・多くの加護を受けているのだから」


そなたの体は本丸にある。此処にいるそなたは霊体のようなものだ。
名残惜しいが、帰してやろう。・・・本当に・・・すまなかったな。


「さあ、帰れ。俺の娘よ・・・」


俺の未練が捕える前に、帰るのだ。







・・・そなたの元へ、そなたの三日月宗近が顕現する前に行ければ・・・よかった・・・。







―――――・・・・・。


「みか・・・づ・・きッ」
「!?・・・主様!!」
「・・・・?・・・こ・・ま・・・こほっ!」
「主様、目を覚まされたのですね!!すぐに薬研を呼んで参ります故!!」


ぼんやりとした視界の中、小狐丸が慌てて部屋を飛び出していく。
残る気配に視線を動かせば、手を握られているのがわかる。


「・・・ッ華・・・俺がわかるか?」
「・・・・み・・か・・・」
「動かずともよい・・酷い熱が出ている・・」
「・・・・ッ!」
「無理をするな、俺が近づく、申してみよ」


声が出せないのを察してくれたのか、耳を近づけてくれる。


―――ぎゅって・・・して・・・?


「!・・・あいわかった・・・冷えるといかんからな」


身体を起こし、抱きしめた華の背に毛布を掛けてくれた。
先程も別の本丸で抱かれたというのに、やはりどこか違う。


「ずっと、目が覚めなかったのだ・・・突然倒れて・・・」
「・・・・ッ・・」
「顔が青白くなり・・・また失うのかと・・・・ッ・・・華や・・・ッ!!」
「・・・ッ・・!」
「!!」



―――ちちうえさま・・・



とても、痛くて、悲しいことがあったから・・・

今は、泣いてもいい?





喉が痛くて、声を出して泣けなかったけれど。
小狐丸が戻ってきて心配そうに覗き込んできても、
本丸の皆が意識を戻したことに安心して、けれども泣いている華に
困惑して、高熱が暫く続くことになるのだけれど。


忘れないよ・・・ずっと・・・・。



これは、華の本丸じゃない。


別の本丸を知ったお話―――――。




――――後書き

黒本丸。自分では考えたことがなかったのでかなり難産でした。
よくある?展開は兄弟を護って折れる、例えば薬研が折れて一期闇堕ち。
反対に一期が折れて、とか。墜ちるのが黒本丸なのかと考えましたが
私が出した答えの黒本丸とは、それだけではないと。

最近一定期間放置するとアカウントが消えるというのを知りました。
審神者のいなくなった本丸はどうなってしまうんだろう?
これと、霊力を失って朽ちていく設定で書いてみました。

レアに魅了され、追い求めるも来ずの結果。
レア4太刀が来た本丸には三日月くらいしかいないという
待っていてくれていたであろう兄弟、待ち人はすでに亡くなっている
審神者がいない=以降誰もくることがない。
ただ崩壊を待つだけの本丸。

はたしてこれを黒本丸と呼んでもいいのかわかりませんが、
これが当方サイトでの黒本丸という結論になりました。








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