気づいてしまった、幼い主。
扉を塞ぐその札を、外しておくれ?


祈祷場の奥には来たことがなかった。
あるのは物置の小部屋だけだと聞かされていたし
薄暗いそこは少し怖くて、華は滅多に近づくことはなかった。


外で羽根つきをしていたのだ。それが祈祷場の格子窓に飛んで
それを取りに入ってきて、気づいてしまった。

どうして、お札が貼ってあるんだろう?と。


何を思ってか、声をかけてしまった。
誰もいないと思っていたのに、僅かに気配を感じてしまったから。


「だれか、いるの?」
「いるよ・・・助けてくれないかな?」
「!?・・びっくりした」


声が返ってくるとは思わなかった。
けれど、華も馬鹿ではない。
お札が貼ってあるということは、何かがあるというのはわかる。


「お札を剥がしてくれたら、出られるんだけど」
「・・・お札の字、太郎の字だよ・・?」
「綺麗な字だろ?」
「う・・うん・・・・」
「叱られてしまってね、反省するようにって入れられてしまったんだ」


反省したし、謝りたいんだけど、出ないと謝れないだろう?


「でも・・・」
「焦らすのが好きなんだね・・・でも、今は余裕がないから」


無理矢理抉じ開けさせてもらおうかな・・・


「華!!扉から離れな!!」
「じろちゃ・・・っ!!」


封と書かれた札が焼け落ちる。
後ろから次郎の声が飛び、華が振り返ると同時に扉が崩壊した。


華を抱き上げ大太刀を振う次郎の手を
ぎらりと光る脇差が綺麗に斬りつける。
舞う鮮血に華は目を見開いて次郎の名を呼んだ。


「次郎ちゃ・・・!?」
「ハッ!引き籠りだから鈍ってるんじゃないかい?この程度痛くもないね!!」
「・・・・奪わないでほしいな・・・」


堪ってるんだ・・・いい加減解放させてくれないかい?


「断る。何の為に今までアンタを・・・ッ!!」
「次郎!!華も無事ですか・・・?」
「アニキ!!封印破られちまったよ・・・」
「石切丸が祈祷場の入口に封印を施しています。」


皆に知られる前に、どうにか致しましょう。


二振が何を言っているのか、華には理解できなかった。
声は聞き覚えがある、けれども姿は覚えていない。
仕方のないことだった。彼が華と言葉を交わしたのは、一度きり。
彼の方から会わないように、避けていたし、封印されてから会えるわけもない。


視線が交わり、名前が華の頭に浮かんだ。


「あお・・え?」
「ッ・・・!!!」


名を呼ばれただけだというのに、青江の体は震えた。
得体の知れない高揚感。甘美なその声をもっと聴いてみたい。


「・・・いいね・・・堪らないな・・その声・・・」
「青江、正気に戻りなさい」
「ハハッ・・・正気、だとおもうけれど」


刀が斬りたいと思って、何が悪いんだい?


にっかりと笑みを浮かべて、青江は踏み込む。
浮かんで軋む骨に太郎は眉を顰めて刀を抜いた。


「華!!下がってな!!」
「で、でも・・・」
「いいから!!」


華を下し次郎も参戦する。大太刀二振に対しているのに
青江は素早く避けて上手く懐に潜り込み斬りかかっている。


「華!無事かい?」
「いしきりまる・・・・」
「その血は・・・ッ・・君のじゃないのか・・」
「どうして・・・?」
「華?」
「どうして・・・あおえはあそこにいたの?」


華は知らなかったよ。ずっとあそこにいたこと。
どうしておはなししてくれなかったの?


石切丸は華の悲しげな顔に胸が痛んだ。
けれども、封印する時華は幼すぎた。
話したところで、結果は変わらなかった筈だ。
いや、下手をすれば彼は此処にいることは敵わなかった。


わかっている。これは、ただの我儘なのだと。
どうしても友を、失いたくはなかったから。


あの自分よりも真面目な太郎でさえも、この事を許可してくれたのだ。
今もこうして、刃を交えてはいるが致命傷は与えようとしていない。
次郎でさえもだ。狙えるはずの隙を敢て流している。


「・・・あおえとお話する」
「え・・・」
「あおえ!!!」
「御指名かな」


跳躍し、華の前に立つ青江に太郎と次郎が慌てて
踏み込もうとするが、華は結界を貼り、それを拒んだ。
その行為に青江も笑みを消して何事かと探るように見つめてくる。


「何をしているんだい?これでは助けてもらえないよ?」
「華!!」
「嗚呼、僕に斬られてくれるんだね?嬉しいなぁ」
「・・・・うん」
「ちょっと、何言ってんだい!!」


聞こえているよ。あおえ。
口からでた言葉じゃなくて、心の声が聞こえるの。


「ずっと、斬りたかったんだよ・・・」
(斬りたくはない・・・!!)

「君を斬れば、どれほど気持ちがいいんだろうね」
(知りたくない・・・もう幼子を斬ることなんてっ)


刀の本質。斬るために生み出された。
それが何を斬る為か、目的が何であれ。


その本能と、顕現してからずっと葛藤してきたのだとしたら。
どれほど、辛かっただろうか。

神剣になれなかった自分。その理由。想い、気持ち。


―――願い


「!?」
「華!!何を―――」



この娘は、何をしているんだ?

斬られるかもしれないのに。


この体を、抱きしめてくる。


「ッ・・・何、を・・して・・・」
「華を、斬りたい?」
「ッッ・・・!!嗚呼・・斬り、たいね・・・」
(馬鹿なことを!離れるんだ!!)
「どこが斬りたいの?」
「そう、だな・・・まず・・・その・・・綺麗な髪から・・・」
「それから?」


どうして?怖くないのか?
斬られると言われているのに、この娘じゃなく


―――僕が、震えているんだ?


「・・・その、腕・・・足・・・それ、から・・・」
「うん」
「顔も・・・いいな・・・」
「うん。ほかには?」
「・・・・・その、小さな耳も・・・悪くなさそう・・だね」
「えへへ。三日月にもお耳ちいさいっていわれるよ」


どうして・・・どうして・・・


君は、笑っているんだ?


「ほかには、斬りたいの」
「・・・・背中・・・あと・・は・・・」


ぽつりぽつりと零すたびに、身体に纏わりついていた骨が
薄く、消えていくのを太郎らは気づいて驚きを隠せずにいた。


「青江の体から、骨が消えていく・・・」
「華が何かしてるとか!?」
「いや・・何も霊気の流れを感じない。けれど・・・」


華には見えていた。骨は消えているのではなく、
青江の内に入り込んでいるのを。


けれども、それでいいんだと。


昔、母に聞いたことがある。


「刀とは、斬るために生まれたのです」


ですから、斬りたいという気持ちは本能。
抑え込ませては窮屈でしょう。勿論、時にはそれは必要なこと。
けれど、華。覚えていてあげて下さい。

斬ってはならないものを斬りたいと思うことは、彼らの本能。
正しく導いてやって、その本能は受け止めてあげなさい。


「あおえ・・・華、あおえにきづいてあげられなくて、ごめんね?」
「!!」
「くるしかったね。華が死んじゃったら皆こまっちゃうから、命はあげられないけど」
「・・・やめて・・くれ・・・っ」
「斬りたかったら、斬ってもいいよ?」


「「「青江ッッ!!!!」」」
「ッうああああああ!!!!!」








床に落ちたのは、黒髪の束。

髪を引っ張られてその痛みで生理的に浮かんだ涙がぽたりと床を濡らしただけ。
よろけて肩で息をして、青江は本体の脇差を投げ捨てた。


目を見開いて、短くなった華の髪を見つめる。


「あ・・・ぁ・・・僕・・・は・・・ッ」
「わあ、ぼさぼさー」
「ッ華!!!馬鹿なことを!!!!」
「あおえ、まだ斬りたい?」


真っ直ぐ青江を見つめる目。
青江は胸をおさえて、華から距離をとってその場に膝をついた。


満たされている。何かはわからないけれど。
疼いていたものが、消えてなくなった気がする。


「・・・・いや・・・いい・・・・」



後に、空木の許可が出て、刀解は免れた。
改めて華の顕現の儀を受けて霊力を切り替えることになるようだ。


「髪・・・早く伸びるといいね・・・」


時々、内側に住み着いてしまった衝動が疼くけれど
それはこれからも、自分だけの秘密事。




――――追記。

幼審神者本丸の青江について

幼子を斬って神剣になれなかったことを気にしていた。
華が本丸に連れてこられるまでは気にならなかった。
目につくようになってそのことが気になりだした。
石切丸との会話が引き金になってしまい、
矛盾した衝動「斬りたい=斬りたくない」と葛藤することになる。
不安定なところを敵に憑かれた。本心は勿論華を斬りたくない。
何とか抑え込んで命はとらず、髪を斬るだけで済ませた。

内側に衝動としてこれからも斬りたい=殺したいが住み着いていて
華を見るたびに気持ちが疼くけれど、顕現の儀を受けてから以降は
「殺したくなるよねぇ」とか結構ストレートに口に出たりするけど
最終的なコントロールはできるようになりつつある。


そんな青江が此処の青江です。宜しくお願いします。
普段優しいしちゃんと華好きです。子供苦手だけど。
斬り殺したい程愛してる、みたいな青江。

改めまして宜しく。本編でほぼ出てこなかった理由。
以降これ解禁したのでちょくちょく出します。









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