――――けて・・・・。




声が、聞こえる。



とても寂しそうな声。



―――助・・・・――――




だあれ?どこにいるの?



声をかけても、誰もいない。





暗い・・・寒い・・・・



背後に感じる気配に、振り返る。
一瞬だけ人型が見えたような・・・・



―――は、此処にいるよ・・・ッた――――


「いしょ―――・・・・大将!」
「・・・・ふむぅ・・・?」
「起きたか、大将」
「あつ・・・にぃ・・・?」
「魘されてたから起こした。大丈夫か?」
「・・・・う、ん。」
「?・・・具合でも悪いのか」
「んぅ、だいじょうぶ」
「そうか、無理すんなよ?着替えたら朝餉な!華」
「うん、わかったぁ」
「やれやれ、華って呼び慣れちまうのはよくねえんだけどなあ」


苦笑して部屋を出ていく厚を見送って、華は小さく欠伸をする。
目をこすり、伸びをしてもぞもぞと布団から出た。
頃合いを見計らってか、足音が近づいてくる。これは最早お決まり事だ。


「おはようございます。主・・へし切長谷部。本日も布団を上げに参りました」
「おはよう長谷部。じぶんでがんばっておふとんなおすよ」
「主に雑用はさせられません!万が一布団を上げる際に倒れて主がお怪我をされたり――」
「むう・・・長谷部・・・」
「うぐ・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・」
「・・・・・はぁ・・・こほんっ!華様がお怪我をされたり」
「いっしょにやる!・・・・だめ?」
「っ・・・・わ、わかりました。では・・枕をお願いします」
「うん!!」
「やれやれ・・・(言いだした俺が負けてしまってどうする!!)」


布団を片付けながら、長谷部は審神者の儀以降に皆に出した
ある規則を思い出して盛大に溜息を吐いた。


―――華をこれからは主と呼ぶように!


この本丸の中でならばまだ誰に見られるでもないのでいいとして、
政府に出向いた際や、反対にこの本丸に来た際に、
万が一審神者の長に対して気安く名前で呼んでいる等と知れれば
華の威厳に関わる。華は良くても華が政府のまだ残っている
派閥の残りに何かしら言われるのは何としても避けたいし
相手にいい材料を与えることもない。

と、いう訳で出来るだけ癖にならないように主呼びを意識して
行うようにと言いだしたのが自分であり、一理あると賛同してくれた者もいたし
中にはのほほんと気にせずに普段通り「華」と呼び「お嬢」と呼び
フリーダムに決めてくれる平安刀もいたがそれでもだ。


結局毎日こうして華様と呼んでしまう自分も、とことん甘い。


――――・・・・。


「・・・・」
「どうされましたか、主様?」
「んー・・・」
「朝方、厚より聞きましたが、夢見が悪かったとか・・・」
「・・・こまる・・・」
「主様、どうか・・・話して下さりませぬか?」


心配そうに顔を覗き込んでくる小狐丸に、華は困ったように眉を下げる。


「あのね、声がきこえるの」
「声、ですか?」
「うん・・・一昨日くらいから、かな」
「なんと!・・・どのような声なのです?」
「・・・さみしそうにしてるの。たすけてって、華を呼ぶの」
「ふむ・・・」
「・・・・華ね、何か―――」



忘れている気がする。


それはある日、夢を見る前からひっかかっていたこと。
何か大切なことを忘れている気がする。
けれども、思い出そうとすると、気分が優れなくなるのだ。
それを皆に言うと心配させてしまうと思って内緒にしていたのだが。


―――見・・・・けて・・・――――


「!」
「華様?」



―――・・・・しょう・・・



た―――ぃ・・・――――



「華様!」
「!っ・・・なあに?」
「如何されました?顔色が優れず、この狐の言葉も聞こえていなかったようですが」
「・・・・ぇ・・・こまるお話してた?ごめんね」
「いいえ。薬研を呼びましょうか?お体が――――」



――――暗い・・・・嫌だ・・・・――――



連れていかないで・・・此処にいれば、きっと・・・・



声が鮮明になってくる。頭にはその声しか響かない。
小狐丸が心配してしまう。けれど、華は目を開けることが出来ない。
声に意識をやれば、ふわふわと体が浮くような妙な感覚を受ける。




「・・・・けて・・・」
「華様?・・・っ華様!!小狐を見て下さい!!!」
「・・・ッ・・・ふ・・・ぁ・・・」
「何じゃ・・・見えぬが何かの気が華様を引き込もうとしておるのか・・・ッ!」
「・・・こま・・る・・・?」
「華様・・・今はこの狐の声だけ聞いて下され・・・目を合わせて!」
「・・・ぅ・・・ん・・・・」
「大丈夫です。小狐は此処におりますよ・・・」


頭に響いていた声が、少しずつ消えていく。
誰かはわからないけれど、助けられるならば助けてあげたい。
けれども、今この声を意識してしまえば、抜け出せない泥濘に
引きずり込まれてしまうような。今は小狐丸に抱きついて声が消えるのを待つ。


華の影から何かが浮かび上がり、逃げるように飛び出す。


「ッ時間遡行軍の短刀か!?華様を誑かしおって!!!」
「逃がしません!!!せいやっ!!!」


庭に飛び出たそれを、前田の短刀が貫く。
黒く禍々しい靄を上げて、それは姿を消した。


「前田・・・!」
「遠征より帰還の報告をしに来たら、部屋から飛び出してきたので」
「感謝する」
「華様にお怪我は?」
「怪我はないのだが、遠征帰還後にすまぬが薬研を呼んで来てくれぬか」
「わかりました!すぐに!」


前田が去るのを見送り、小狐丸は華の様子を見る。
いつのまに影に入り込んだのか。本丸のどこか結界が緩んでいるのか。
それとも、他に何か・・・・


「こまる・・・・」
「御無事ですか?どこか―――」
「・・・・(おもいだしたよ・・・だれがよんでいるのか)」


影から時間遡行軍が飛び出した際に脳裏に流れたもの。


それは小狐丸が折れて自分が壊れてしまった時の記憶。

山へ入り、自身の命を絶とうと振り上げる短刀。



それは小狐丸の手によって、どこかへ放られていた。



その刀は、前審神者が存命の時から、確かに存在した―――。














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