side カルステッド

「……来たか」
「久しいな、カルステッド。邪魔をするぞ」

 そう言って窓から音もなく入ってきたのは領主の弟にして、唯一未婚の若い領主候補生。優秀であるがゆえに前領主夫人に疎まれ、ついには神殿に身を窶すことを甘んじている従弟のフェルディナンドである。

「しかし珍しいな、其方がこのように火急の要件で私を頼るなど……神殿で何かあったのか?」

 言いながら席に促すと、フェルディナンドは深刻そうに頷いた。

「ジルヴェスターにはなんと?」
「ああ、言われた通りに伏せてある。家庭内の事情だと言ってな」
「そうか。助かる」

 この従弟がもう一人の従兄であり、本人にとって唯一の家族と言える兄を避けて己にだけ大事な話があるというのもまた珍しいことだった。

「それで?」

 盗聴防止の魔術具を起動して、じっくり語り合う体勢を取る。

「……其方に頼みたいことがあるのだ」
「ふむ。私に直接ということは、騎士団長ではなく我が家にということか」

 髭を撫でつけながら思案する。場合によっては妻との相談も必要か──などと考えていると、思いのほか強い視線に晒され密かに驚く。
 フェルディナンドはいつの間にこんな表情をするようになったのだろうか。いつも何処かしら諦めた様子の彼には珍しい、固い決意に満ちた目をしている。

「其方に引き取ってもらいたい娘がいるのだ」
「娘? 養子にということか?」
「いや、できれば其方とエルヴィーラの娘として洗礼式を挙げて欲しい」
「…………」

 洗礼式ということは、少なくともその娘とやらは七歳にも満たないということだ。それほど幼いにも関わらず、領主一族に最も近い上級貴族である我が家を選んで頼むということは……いや、そもそも幼子とはいえフェルディナンドが見出し、わざわざ頼み込みに来るような娘が普通であるはずがない。だいたいにして女嫌いな此奴が自分から、子供とはいえ女と関わるとも思えない。一体なにがあったのだ?

 己の困惑をよそに、フェルディナンドは淡々と続ける。

「その娘にはすでに上級貴族に相応しい教育を授けてある……家格に劣らぬ豊富な魔力を持ち、頭も悪くない。すでに幾つかの流行になり得る手札を持ち、単独で事業を起こしている。今後も領内どころか他領をも惹きつける珍しくも有用なものを生み出すだろう」
「それほどの価値がある娘など、本当にいるのか? まだ六歳以下なのだろう? 大袈裟ではないのか?」
「彼女の為人は私が保証する。善良で優しい娘だ……そうだな、優しすぎるくらいだ。だからこそ領内でも揺るぎない立場が必要となる。彼女の知識と発明はエーレンフェストの一大事業にもなり得るほど画期的なものなのだ」
「……にわかには信じがたい話だが──其方が嘘を言うとも、騙されているとも思えん。その娘の親はどうしてる」
「カルステッド、彼女は身食いなのだ。平民の娘として、夏に洗礼式を迎えたばかりだ」
「なっ、平民だと?!」
「ああ。だが、魔力は其方よりも多いぞ……ここだけの話、ジルヴェスターよりもな」
「……ジ、ジルヴェスターよりもだと?! それこそあり得んだろう!」
「嘘ではない。彼女は神殿にある私の隠し部屋にすらあっさりと入ってみせた」
「なっ、あの制限をかけた部屋にか! 信じられん……まだ七歳なのだろう」
「彼女は存在そのものが非常識で規格外なのだ。それでいて慈悲深く、今は孤児達を救済するべく神殿内に支部となる工房を設置する方向で奮闘している」
「それはまた……なんというか、とんでもない話だな。まるで聖女のようではないか」
「……まぁ、本人は読書のため≠ネどという己の平穏を求めた結果らしいがな」
「は?」
「それから、これは其方だから伝えておく……決して他言はしないで欲しいのだが」
「な、なんだ? まだ秘密があるのか?」

 だんだん聞くのが恐ろしくなってきたぞ。とんでもなく影響力のある娘だ。我が家よりも領主一族に迎えた方が良いのではないか?

「彼女は……ローゼマインは、私の光の女神なのだ──」


 …………な、なんだとぉぉ?!!


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