side ギュンター

 マインはとにかく体が弱い。そしてお貴族様特有の魔力を持っている。だから、話し合いの席では青色巫女として貴族と同等の扱いをしてもらえるように頼んだ。通いという事も認めて貰えた。

 ──そこまではいい。だが、どうしてこうなった?


   *


 覚悟を決めて対峙していた時、マインが暴走し、神官長が割って入り、そのあと急に二人の様子がおかしくなった。
 人払いされた部屋でマインが神官長に何かを渡されてから、二人の声が全く聞こえなくなった。そうかと思えば、二人は親しげに話し合っていて、マインが何か突飛なことを言ったのだろう、固まった神官長を前にマインは椅子から降りると神官長の肩を叩き始めた。
 マインが立ち上がった時、手に持っていた『何か』を落とした。マインは気がついてないようだが、その時から二人の声が聞こえ始めていた。

「フェルディナンド様〜? 戻ってきてくださいませ〜」
「──全く君は……」
「何ですか?」
「……ローゼマイン、私の全ての女神。もう離してやらぬぞ」
「まぁ。望むところですわ、わたくしの闇の神。覚悟してくださいませ」

 ──どういうことだ!?

「マイン!」
「ふぇ!?」

 ──あろう事か、神官長はマインを抱き上げて、膝の上に乗せたんだぞ!? 信じられん! 俺の娘に気安く触れるな! しかもマインは何でそんな嬉しそうなんだ!

「だから神殿になんか来させたくなかったんだ!」
「え? えッ?! いっ、今の、聞こえてたの!? 待って、え〜っと……あのね、父さん、落ち着いて。大丈夫だから。フェルディナンド様は悪い人でも怖い人でもないから。それどころか、この人はわたしのことを領地ごと、どんなものからも守ってくれる強い人なんだよ。それでね……ちょ〜っと聞いてほしいことがあるの」
「──ッく」
「……マイン? なにがあったの?」
「ギュンター、エーファ、大事な話だ。マインのこれからの事なのだが……」

 ──いや、最初からそれが本題だったよな? 待て、そんな事より二人の態度は何なんだ!? 何で急に仲良くなってやがる!

「フェルディナンド様、どこまでお話します?」
「とりあえずジルヴェスターの養女になる事までで良かろう。戻ってきた事は、まだ説明しなくても良いのではないか? 今後のことだけでも混乱して受け止めきれまい」
「そ、そうですね……ひとまずはそこの説得からでしょうか」

 ──養女だと!?

「娘はやらん!」
「父さん、落ち着いて。大丈夫だから、話を聞いて。ね?」
「……わかった」
「まず、マインには青色巫女見習いとして神殿に通ってもらう」
「え? 泊まりじゃないんですか?」
「今はまだ家族と一緒に居る方が良かろう?」
「家族ならフェルディナンド様が居るではないですか」
「君の申し出は嬉しいが……せっかく下町で一緒にいられるのだ、正式に貴族になるまでは家族と共に過ごしなさい」
「うふふん、はぁい。ありがとう存じます」

 ──はあ!? 『泊まりじゃないのか』だと!? というか貴族になるだと!? マインは一体なにを考えてるんだ!?

「あの、マインが貴族になるとは、どういう事でしょうか。マインが何か言ったのですか? それに言葉使いが急に変わって……」

 ──エーファが不審に思って聞くが、まったくその通りだな。俺はギリギリと歯を食いしばって耐えていた。

「それは青色巫女として──貴族として振る舞ってもらうことになるからな。そのためには礼儀作法もそれに準じてもらう。マインは最初は青色巫女見習いとして過ごしてもらうが、およそ一年後に洗礼式を貴族としてやり直し、領主か領主候補生の養女になってもらう事になる。その時、其方ら下町の家族とは新たな関係を築いてもらう事になるだろうが……神殿の隠し部屋でなら、これまで通りに家族として接する事を許可するので、それで許して欲しいと思う」
「フェルディナンド様、あの契約魔術は……?」
「そんなもの、しなければ良かろう? せっかく白紙に戻されたのだ。私は君の家族を奪いたくない。あのような流れは絶対に阻止する。とはいえ、表向きはあくまでも専属として、親しい他人として会ってもらう事にはなるが……」
「フェルディナンド様……ありがとう存じます! 大好きです!」

 ──最初は青色巫女見習いで、来年には領主様の養女だと!? はぁ!? いや、そんなことより! 父親を差し置いて大好きだぁ!? ソイツにしがみ付くんじゃない!!

「マイン! 一体どういう事だ!?」
「父さん……言葉の通りだよ。わたしが貴族になったら、表向きは母さんとトゥーリは専属の職人として、父さんとは護衛の兵士として接しなきゃいけない。でも、神殿の隠し部屋でなら、今まで通り家族として会って話すことが出来るの! これはすっごく特別な措置で、大事なことなんだよ。ね、フェルディナンド様?」
「ああ、そうだな。それで……ギュンター、エーファ、私はいずれ其方ら家族の中に入れて欲しいと思っている」

 ──は? 神官長はお貴族様だよな? 俺ら家族の中に入るって、どういう意味だ? 何が言いたいんだかサッパリわからん。

「フェルディナンド様? それはちょっと早すぎではありませんか?」
「そうか?」
「そうですよ。わたくし、まだ七歳──いえ、公には六歳なのですよね? そのことは貴族になって、その話が出てきた時で良いのではありませんか。まだ三年以上はありますよ。今だと余計に混乱する上に、敵視されてしまうと思うのです。まだ父さん達はフェルディナンド様のことをよく知らないわけですし……」
「……そうだな。では、その時が来るのを楽しみにしているぞ、ローゼマイン」
「はい。あ、でも、その名前もまだ早いのでは……?」
「ふむ。だが、二人の時は良かろう?」

 ──そう言って神官長がマインの頬を撫でる。撫でられたマインは幸せそうだ。くっ、甘い! 空気が甘いぞ! 一体なにがどうなってやがるんだ!


   *


 結局、マインは青色巫女見習いとして神殿に通いで勤めることになった。養子になるのも、ひとまず一年の猶予が与えられたことは分かった。マインが貴族になるのも、マインの持つ大きな魔力のせいで仕方がないことなのだということも理解した。生きる術があるんなら、マインには生きていて欲しい。

 あのあとマインは神官長に頼み込んで指輪を借りると、すぐさま祈りだして癒し≠ニいうのを神官長に与えていた。お貴族様が使う魔術を目の当たりにして、本当にマインには魔力があるのだと実感した。
 それから、いくらか顔色の良くなった神官長を子供のようにこんこんと言い含めるマイン……いつのまにか娘が知らない男を心配し、食事のことまで気にするようになっていて、まるで嫁に出すかのような寂しさに似た悔しさを覚える。

 ……だが、本当に大丈夫なのか? マインはあの神官長をすっかり信用しているようだ。
 俺は何もできない自分が悔しくて、小さな愛娘がいつの間にか離れていく決心を固めていて……とにかく不安でたまらない。




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