ゲドゥルリーヒの花

sideフェルディナンド

 ローゼマインは長いことその印を眺めて考察しているようだった。
 ぶつぶつと漏れる独り言からは、カールがどうとか、マガタマがなんとか――相変わらず聞きなれない単語ばかりだ。ペアが違った、などとも呟いていたな。ペア≠ニは一体どんな意味だ?
 何が予想と違ったのだろうか……ゲドゥルリーヒの印が嫌なのだろうか。だが、楽しそうに「お花みたいで可愛いですね」とは言っていた。

「……印がそれほど気になるのか?」

 気にならないわけがない。
 それなのに改めて尋ねる己は、ローゼマインの肯定が欲しいからだろう。

「そうですね。魔法陣の専門的なことはよく分かりませんが……単純に、夫婦神が認めてくださったみたいで嬉しいです。それに、思っていたより可愛い模様ですし……特に不思議で面白いのが、あちらの世界でも使われていた模様に似た形も混ざっていることでしょうか。なにか意味があると思います?」

 予想外の質問がきた。
 だが、自分の願いは叶えられ、やはり否定されなかったことが殊更に嬉しい。彼女が喜んでくれていて、涙のわけが悲しみや落胆ではなかったことに安堵している。

「どの部分だ?」

「ここです。この、外側をぐるっと一周してる丸っこい模様。これのせいで花みたいに見えますけど、あちらでは[[rb:勾玉模様>まがたまもよう]]≠ニ呼ばれて親しまれていました。単体ではお守りや、ちょっとした飾りなどに使われていたんですよ。それをこちらの神様も使ってるってことですよね? 面白い繋がりだなぁと思いました」

「ふむ、興味深いな……そのマガタマとはどんな物なのだ?」

「そうですねぇ――もともとは装身具だったと思います。ものすごく歴史が古くて、何千年も前から使われていた石のアクセサリーで。語源は曲がっている玉≠ゥらきているというのが有力でした。大昔は、磨かれる前の翡翠の原石で作られたやつが特に貴重で、高貴な身分の人が着けていたとかだったかな? それが神器になって、神聖なもの扱いされて祭祀にも用いられたとか……歴史が長いだけに諸説ありましたね。数百年の間で価値が下がったり、復活したりしながら、加工技術が進んで、柔らかい石が使われたりするようになって――ついには安価な普段使いのものまで登場し、普及するようになったわけですが……今でも神聖視≠ウれてるのは変わらないんですよ。
 わたしは特に、陰陽の組み合わせの説が好きでした。二つが上下にピッタリと重なりあって円になる、対の形になってる勾玉模様で――お互いに欠けてはならなず、二つあることで一つの世界が成り立つ、という意味だったり、互いに対立する属性を持った二つだからこそ、補い合ったり譲り合ったりする必要があるという教訓のような意味だったり……昔は日本のお隣にあって、日本より歴史の長い外国の思想からきてて、二つで一つになるペアの――あ、ペアっていうのはお揃いの二つ≠ニか二人一組≠チて意味です。それで、その国には陰陽ペアのお守りや飾りを夫婦で分け合って持つ風習もあるんですって。素敵でしょう?」

「なるほど……そうだな。しかし、君たちの国の歴史はそれほど長いのか。それで神が実在しないなど、信じられぬような話だな。どうすれば平民がそこまで進歩発展できるのか――私には想像もできぬ」

「神様がいないからこそ、自力で頑張るしかなかったんじゃないですか? だから情報を受け継いで成長させていくことが重要で、学びが大切なこととされたんですよ、きっと。失敗から学んだ格言や、人生を変えるような名言も多く残されますからね。――この国の神様からの御印も、なんだか勾玉みたいだと思いませんか? あちらでは太陽と月の関係だったのですよ。基本の色は白と黒で、女性が陰の黒、男性が陽の白でしたが」

「――そうか。そうかもしれぬな……君は私には考えられないほど破天荒で、とても似つかない性質の持ち主だからな」

「そらはこちらの台詞ですぅ! フェルディナンドこそ、同じ人間とは思えないほど万能ではありませんかッ。わたしは普通です。あちらの記憶以外は平凡な人間で、体はむしろ普通の人より弱いです! フェルディナンドの基準がおかしいのです!」

「どちらにせよ、私と君は全く似ていない……だが、私には君が必要だ。君もそうなのだと思っている。確かにそちらの教えの通りに近い関係なのだろうな――対立する属性というのも」

「あ……いま、ちょっと暗いこと考えましたね? 陰陽は違いますよ? とっても前向きな男女や夫婦関係のことですからね。……それに、誰しも完璧なんてあり得ないんです。万能なフェルディナンドにも性格にダメダメなところがあるように。体の弱いわたしだけど心は元気で逞しいように。良いところも悪いところもあるのが人間じゃないですか!」

「…………私を貶すのは君くらいなものだが、それが普通≠ナ対等≠ニいうものだと言いたいわけか?」

「とにかく! えっと……私とフェルディナンドは相性が良い夫婦になるってことですよ。良かったですね!」


 ローゼマインはそのような言葉で締めくくって誤魔化したが、その言葉の意味と重みが――以前よりはるかに身に染みる。彼女はつまり、私の愚かで駄目なところも含めて必要だと、好きだと伝えてくれているのだろう。

 私はそれが、とても愛しく、恋しいのだと思う……君のその、おかしなところも含めて全て――








「そういえば、あちらにも神事は一応ありましたね。春には一年の安泰を祈念する祈年祭、秋には豊穣に感謝する新嘗祭、ほかにも色々……国民全員が参加するわけでもなく、生活に関わるようなものでも義務でもないのであまり周知されてなくて、わたしなんかは全く身近に感じてませんでした。けど神殿での神事と似てる部分って意外とありますね……そういう共通点について考えたことなかったです」

「ほぅ……そもそも神がおらぬ国であるのに神事があること自体が不思議なのだが。信仰や信念とはそういうものかもしれんな。目に見えるもの、形あるものであることの方が少ない――君が、神の現存が明らかであるのに祀る場所を蔑ろにする神経が解らぬと申していたが、そういうことか」

 おそらくローゼマインの考えは正しい。
 私も神殿に入って検証するまでは、ご加護のことすら知らなかった……元神と会話を交わしても尚、確信まではしていなかったのだ。信じたくなかったからであろうな。

「お国の形からして不自然に整ってますしね。初めて国の形が正円であると知った時は、誰かによって意図的に造られたモノ≠ニ感じて、ちょっと怖かったです……」

「そういうものか?」

「はい。神様が創ったと知って、一応は納得しましたけど……でも違和感はありますよ。まるで完璧を求められてるみたいで、失敗が許されないような……余計なものを排除する残酷さを感じました。でも……それこそが、命の神様の守り≠ネんでしょうね。厳しくないと、守りたいものも守れないから――」

「…………」

「だから……それをやってのけるフェルディナンドはすごいと思います。いつも頑張って、努力して、自分に厳しくしてて、えらいですよね。わたしなんて、すぐどうにか楽ができないかな≠チて怠けることばっかり考えちゃいますよ。本のために、いかに用事を効率よく早く終わらせて、読書時間を捻出しようかって……――わたしきっと、時間短縮の魔術は真っ先に覚えると思います!」

「…………そうか」

 私は、頭がおかしくなってしまったかもしれぬ――ローゼマインの発する説明や言葉が、どうにも求愛めいた告白に聞こえてしまうのだ。

 以前だったら、絶対に思わなかっただろう。そんな普通の内容に対して、異様な深読みを働かせてしまっている。まるで、どこかで見た恋に狂った男≠フようだ。
 愚かとしか思えぬのだが、そう考えては期待してしまうのを止められぬ。これが盲目≠ニ呼ばれる状態だろうか……媚薬や魅了の魔術のように恐ろしいな。
 相手がローゼマインで本当に良かったとしか言いようがない。

 まるで子供を褒めるかのような言い方で、私の過去や努力……存在の全てを認められたような心持ちだった。非常に不本意だが、どうしても心が擽られる。なにか温かいもので満ちていく。

 ――誰かを守るために必要な残酷さ∞厳しさ≠、まさか女性に、このように褒められる日が来ようとはな……。

 しかも、彼女はそれを、私が好んでやっているのではなく、必要に駆られて手を出していると――逃げ出したくともそれをせず、立ち向かってきたことを知っている。……そんな言い方になっていることにも気付かず、そのように大切そうに人を見つめながら、優しく諭すように話す。……全く子供らしくない。だから勘違いしてしまうのだ。

 ――だから、私まで、おかしな気分に陥って、変な思考に辿り着いてしまうのだ。

 ――まったく、君は……本当に迂闊で非常識だな。私だとて男なのだぞ?










ゲドゥルリーヒの心


 ――大好きなんです。

 ――ずっと一緒にいたいんです。


 この人がずっと寂しい思いをしてきたのだということを、共に過ごす時間が長くなるにつれて感じるようになっていた。
 諦めることが癖になっているようで、なにかにつけて自分は当てはまらないと当然のように思っていたりする。欲しいものや、したいと思うことを、口にすることができない――弱みや弱音を言わないことが当たり前になっていて、最低限の生活すら満たされていない状況で、それがおかしい≠ニいうことにも気付いていない。無意識にわがままになれない人。聞き分けの良すぎる子供のように、愛情に飢えている……だからこそ、愛されることに慣れてない。もしかしたら愛される筈がないと思っていた人。そんな気がしてならない。
 そんな人が番を見つけたのだとしたら……そりゃもう天地がひっくり返るくらいに驚いたんじゃないだろうか。それでいて、期待して、嬉しくて、神々の采配に喜んだのかもしれない。
 今思えばそれ故に出会ったばかりの頃はヒートアップしてたんだろうなと思う。ちょっと正常じゃなかったもんね、あの勢いは(笑)


 ――かわいいなぁ。

 もっと沢山、楽しいことや幸せだと思うことを味わってほしい。そうありたいと、求めてほしい。
 ワガママになれない彼が愛しいと思う。できることなら、めいっぱい幸せにしてあげたい。わたしに出来得る全力で。
 そのために、望みを口にすることを躊躇わないで欲しいと思う。
 愛される価値があるのだと、愛されているのだと、知ってもらうためにはどうした良いだろうね?

2020年11月22日
赤い実はじけたシリーズ「価値観の違いE」の続き(お蔵入りネタ)

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