side ローゼマイン


「今の君の、ゲドゥルリーヒを教えて欲しい……」

 フェルディーノ様が真剣な表情で問う。これまでにも何度か交わしてきた問いかけ。
 わたし達のゲドゥルリーヒはその都度で違ったり増えたり戻ったり、同じであったりもした。
 今の彼はどういう意味で尋ねているのだろうか。話の流れから察するに「エーレンフェストに来る気があるか?」という意味だろうか。
 ダンケルフェルガーが故郷となっているのかを知りたいのか、アレキサンドリアに戻りたいかと尋ねているのかもしれない。それとも、まだ見ぬ側近や生まれてくる子供たちのことだろうか。
 単純に、今の大切なものを知りたいのかもしれない。
 わたしにとっての家族や大切な存在を、本のほかにどれだけ抱え込んでいるのかを、それらの優先順位や守りたいこと、叶えたい夢と未来……それを確かめたいのかもしれない。

「今のわたくしのゲドゥルリーヒは、わたくし自身の自由≠ナしょうか。前回のように大きなことを成したいとは思いません。勿論ツェントやアウブにもなりたくありません。わたくしは今度こそ穏やかに、何者にも妨げられず、奪われず、縛られないで生きてみたいです。今のような境遇は、望んで手に入るものでは無いですから……できる限り守りたいと願っておりますわ」
「……そうか」
「フェルディーノ様はどうですの? 今世はお父様もお健やかにお過ごしなのですよね? エーレンフェストの内政も表向きは穏やかで、利権争いもそれほど苛烈なようではないと密かに伝え聞いておりますが……やはり何かお困りですか? わたくしにお手伝いできることはありますか?」
「いや、大丈夫だ。君の言う通り、確かに今回はかなり恵まれていると思う。昔からの勢力争いや恨みもそれほど根深くないし、何より暗殺の心配をすることもないくらいだからな。アレキサンドリアの平和には及ばなくとも、私からすればかなり生温くて平穏だ」
「そうですか……安心、と言って良いのかどうか難しいところですが……それでもフェルディーノ様がこうして元気にしていらっしゃるのですもの。きっと成人後にはあっという間に全てを掌握されてしまうのでしょうね。良かったです……とはいえ油断大敵ですからね。よろしければこちらもお役立てくださいませ」

 そう言ってわたしは用意していた贈り物を差し出した。
 楽譜と、レシピと、設計図と、魔法陣の刺繍入りのハンカチだ。わたしに出来ることと言えばこれくらいで、直接お守りすることは出来ないのだから少しでも心配の種は減らしたい。そう思ってコツコツ用意していたものをまとめて渡す。

「フェルディーノ様でしたらご記憶されているものも多いでしょうし、それらのレシピもお好きに使ってくださいね。わたくしも使うことがあるかとは思いますが、領地内の身内のみと決めておりますので、他領で使っていただく分には全く問題ありません。ただ、髪飾りに関しては、こちらから流行として発してしまうかもしれないので、お使いになる際には事前にお知らせくださると助かります」
「…………君は……」

 一つ一つを確かめながら、驚いた様子の彼が、なにかを噛み締めるように言葉を区切る。

「……いや、ありがとう。君の心遣いにはいつも感謝している。今はまだこれぐらいの返礼しかできないが……」
「返礼なんて不要ですわ。これらは前世で散々お世話になったお礼のようなものですもの」
「それを言うなら私もだろう。君にはずっと、世話になった……最期の時には私の我が儘を聞いてもらったしな……」
「そうですか? わたくしとしては幼い頃のぶんを思うと、とても返し足りないくらいなのですが……最後のお約束に関してはお互い様ですわ。夫婦だったのですから、当然でございましょう?」
「……そうだな。私たちは、夫婦だったな……」
「そうですよ。気にしないでくださいませ」




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