9月6日
あれから丸一日半、クラピカはこんこんと眠り続けていた。
わたしが強制的に眠らせたということもあるだろうが、それだけじゃない。明らかに能力を使いすぎたことによる反動だろう熱が続いている。ウボォーギンの時以上の体調不良だ。

わたしも精神的な疲労からか半日ほど眠ってしまったけれど、クラピカはずっと緋の目でいた反動が大きいのだと思う。

「まるで眠り姫みたい……」

少しずつ熱は下がってきているけれど、死んだように眠る姿は物語のそれを彷彿とさせる。

「……だれが姫だ」

クラピカが瞳を開けた。まだちょっとボンヤリしている。

「今、何時だ?」

「午後の2時だよ」

「……半日も寝てたのか」

クラピカは5日だと思っているが、本当は6日の午後だ。

「まだ熱があるから休んでて?」

「無理すんなクラピカ」

「そうよ」

レオリオとセンリツも口を揃える。

「ボスは……地下競売の方はどうなった?」

「結局なかったわ。どうやら旅団を警戒して来年から地下競売自体中止になるみたいよ」

センリツが説明を続ける。

「そのかわり後日今年の残り分の品はコミュニティー主催のネットオークションをやるそうよ。ボスもしぶしぶ納得してくれたわ」

「ウソだな……彼女は臨場感を楽しみに来たんだ。自宅のパソコンで競売を体験できるからと言われて満足するとは思えない」

本当のことを言うしかないようだ。

「スクワラが殺されちゃったの」

「それでエリザがひどく取り乱しちゃって……どうやら2人は真剣に付き合ってたらしくて。ボスはエリザの動揺ぶりにショックを受けてたわ。自分から帰るって言い出して、実はもう空港に向かってるの」

ネオンがなくなった緋の目のことよりもエリザの変貌ぶりに衝撃を受けていたのは本当だけど、屋敷に帰ったのは昨日のことだ。
クラピカには懸念なく休んでもらわないと、治るものも治らない。いつまでもリーダーが不調では困るのだ。

もうとっくに護衛団はクラピカを筆頭にまとまりつつあった。

「クラピカ、だからもう少し休んで。早く良くなってね」

わたしはクラピカの額に手を添えて加護と念を込める。
せめて幸せな夢を見て欲しかった。










翌日、ずっと放ったらかしにしていた御守りの回収と買い物に行く。
その際ちょっとだけクラピカの指輪を拝借した。
おかげで難なく見つけることができたが、またこんな事が起こった時のためにもマスターリングのような物が必要かもしれないと思う。

(それか必要な時に自分だけはどのリングがどこにあるのか分かるようにする能力を追加するとか?)

コルトピがコピーした物に円の機能を持たせていたことを思い出す。
円ほど精密でない簡単な位置情報だけなら、期間を定めることなく付加することができるのではないだろうか。

このリングのような御守りは、今後も余力があれば増やしていくつもりだった。大切な人を守るために。





センリツ達の元に戻ると、クラピカはもう目を覚ましたあとだった。
まだ本調子ではないだろうに、きっと無理をして起きてしまったのだろう。

修行しているゴン達のところへ行ったと聞いて、わたしもそこへ向かうことにする。
ゴンとキルアはG.Iという高価なゲームを狙っていて、そのゲームに参加するためのプレイヤー選考会に合格するために、必殺技の修行に集中している。

わたしもクラピカも特質系だからか師匠のもとで発の修行をしてきたが、ゴンとキルアは本当に基本の四大行しか習わなかったらしい。
もしかしたら発の修行はそもそも裏ハンター試験合格の条件ではないのかもしれない。
普通に考えたら、例え師匠にも必殺技を知られることは避けるべきだ。あまりにも能力を知られることは命取りになる。

「そうだ!! クラピカ、オレの師匠になってよ!」

ゴンの声が聞こえた。部屋に入って答える。

「ゴン、クラピカは仕事があるから無理だと思うよ?」

「ナナミ!」

「おかえり、ナナミ……どこへ行っていたのだ?」

「ちょっと落とし物を拾いにね。はい、クラピカ。これ返すね」

わたしは金色のリングをクラピカに手渡す。

「やはりナナミが持っていたのだな。起きたら失くなっていて、私はついに見限られたのだと思ったぞ」

意外なことを言いだすクラピカに驚いて瞬きが多くなる。

「そんなわけ無いでしょ? わたしはきっと死んでもクラピカの側から離れないよ?」

霊魂になっても心配で纏わりつく自信がある。

「……そうか。それなら安心だな」

「そんなことで安心されても困るけど。幽霊だから何もできないよ?」

「死後の念として私の力になってくれるのではないか?」

「まぁ、そういうことならあるかも?」










「そういうわけで、立場上私もそろそろ戻らなければならないんだ」

「ってことはヨークシンを出発するの?」

「ああ。明日にもな」

「ナナミも?」

「もちろん」

「そっか……」

「旅団のことは確かに心残りだが、あれからすでに2日経った今ではもう奴等は此処にはいまい。まずは仲間の眼……それが先決だからな」

「そっか。そうだね。うん!! それがいいよ!」

ゴンはやっぱり分かりやすい。
本当は復讐なんてして欲しくないのだろう。
でもそれは、ゴンがまだ大切な人を失ったことがないからこそ感じることなのかもしれなかった。



「ゴンもさ、クラピカを頼る前に、ちゃんとした師匠がいるでしょう? その人に相談してアドバイスをもらった方がいいんじゃない?」

「その言い方だと私では師として不適格だと聞こえるが?」

「そうは言ってないよ。ただ最初からゴンの修行を見てきた師範がいるんだから、そっちを頼るのが先でしょって話。同じ強化系ってわけでもないんだし」

「まぁ、そうだな」

「2人は不得意分野も全然違うしね」

「ゴン、強化系は最も攻守のバランスに優れた系統だ。纏と練を繰り返すことは、決して無駄にはならないはずだ」

「わかった。2人共ありがとう!」







修行に専念する2人は放置することにして、わたしはレオリオのところに向かった。


「レオリオ〜」

「?」

「これあげる。お世話になったお礼!」

「お?! なんだなんだ?」

「ネクタイピン。市販のもので悪いけど、学業祈願の念を込めといたから! 試験勉強がんばってね」

「これがクラピカの言ってた御守りってやつか?」

「そうだよ。レオリオのには恋人ができるようにも祈っておいた!」

「マジかよ!」

「いや、嘘」

「なんだよ期待させやがって……」

「レオリオって恋人が欲しかったの?」

「そりゃオメー、いないよりいる方がいいだろ?」

「そうなんだ。クラピカとは逆だね。クラピカは本当なら、いない方がいいと思ってた人だろうから。復讐するのに邪魔なだけだって」

「……そう言ってやるなよなぁ。今は違うんだからよ」

「一応、相思相愛だからね」

「一応ってことはねェだろ。あれでアイツ恋愛にも一途だろ?」

「そうかもね〜。少なくともレオリオよりはクラピカの方が浮気とかしなさそう」

「ヒデーな。オレだってしねーよ!」

「え〜。ホントかなぁ」


わたしはレオリオにも明日発つ予定を告げた。


 










翌日、ゴンとキルアへの御守りをレオリオに託し、わたしはセンリツとクラピカと一緒にリンゴーン空港に来ていた。
2人には何も言わずに出てきてしまったけれど、レオリオはわざわざ空港まで見送りにきてくれた。


「それでは我々はそろそろ行くよ」

「じゃあね、レオリオ。また会おうね!」

クラピカに続いてゲートを通る。
ふと、後ろにセンリツがいないことに気づいて振り返ると、なにやらレオリオと話し込んでいた。


「レオリオとセンリツって意外と仲いいよね。センリツ、レオリオの心音のこと褒めてたし」

「アイツもあれで優しいところがあるからな。不快な音をさせないという意味で、センリツには心の休まる相手なのだろう」

「ふふっ、だからセンリツはクラピカのことも気に入ったのかもね」

「それはない。私は……彼女にもう聞きたくない≠ニ言われたことのある男だ」

「信じてるんじゃないの? センリツのこと」

「信用はしている」

そんな言い方をしてはいても、クラピカがセンリツに対して他の護衛団メンバーよりも強い仲間意識を持っているのは確実だった。そもそも信頼していなければ、今回のことに彼女を巻き込んだりもしなかっただろう。

「クラピカのいいところは、冷静な時とそうじゃない時の差が激しいところだね。心配で目が離せなくなる」

「それは良いところではなく欠点ではないか?」

「欠点のない人なんていないし、完璧だったらわたしはクラピカに惹かれてないよ」





欠点があるから愛しいのだ。
足りないところがあるから補いたいと思うのだ。

それが惹かれ合うということなのではないか。

似ているばかりではこんなにも好きにはならない。
異なる面があるから知りたいと願い、欲するようになるのだと思う。




センリツが戻るまでの僅かな時間、わたしとクラピカは手を握りしめあっていた。







ヨークシン編 完

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