好香



――あれ?――


――ここにも居ない…一体どこに?――


私は探し人を求めて、パタパタと歩き回っていた。
縁側を渡って広間を抜けて、いくつかの無人の部屋を通って更に藩邸の奥へ……
調理場や風呂場まで念のためにとチェックして、今度は廊下を辿って戻りながら……
自分の部屋を通り過ぎ、庭に出て捜索した。

あまり屋敷内をうろつくのは良くないことと思いつつ、私は探すのを止められなかった。

時おり側を通る藩士さんや女中さん達の視線が痛い……
“変わった人”だと思われているのかもしれない。

何を探しているのかも分からなくなるくらい夢中になって建物の隙間や植木の陰や茂みの隅々までチェックしていると、門番の人が威勢よく挨拶をする声が微かに聞こえた。

裏庭にいた私が小走りで表に向かうと、ちょうど門をくぐり抜けて桂さんが入って来たのが見える。


――みつけたっ!――



『桂さんっ!』


「どうしたんだい?そんなに慌てて…」


私が駆け寄ると、桂さんが不思議そうな顔で尋ねた。


「何かあったのかい?」

『え、あっ…特に意味はないのでっ…気にしないで下さい……!』

「?」


僅かに弾んだ息を整えて、私は落ち着き払って話しかけた。


『ところで桂さん、お出掛けしてたんですね…知らずにずっと探しちゃいました』

「私を?」

『はい。高杉さんから、今日は一日藩邸にいる筈だって聞いていたので…』

「…そうか。晋作がそんな事を……」

『違ったんですか?』

「いや、確かに予定はなかったのだが……急に思い付いたことがあってね、せっかくだから済ませて来たんだよ。」


少し困ったような顔で話す桂さんが、スッと腕を持ち上げて袂を探った。


「これを、君に……」


そう言って彼は小さな巾着のような布袋を取り出して、手を差し出すようにと促した。


『?』


私が両手に受け取ると、途端に甘くて優しい香りが漂ってきた。

手のひらサイズのそれはとても軽くて、藤色の布地に黄色や桃色の小花が散りばめられ……可憐な飾りの付いた紐でシッカリと綴じてある。

中身は一体なんだろうかと考えた。


「これは匂い袋といってね、袂に入れたり帯に挟んだりして香りを楽しむものだよ。」

『へぇ…こんな物があるんですね、可愛いなぁ……』


袋の香りを吸い込みながら、現代でのポプリのような物かと考えた。
でも本当に貰っても良いのかどうか……この時代の物の価値を知らない私は、不安に思って尋ねた。

すると再び、桂さんが困ったような表情になる。


「もしも迷惑でないのなら、受け取ってもらいたいのだが……」

『あっ、ありがとうございます!大切にしますね!!』


理由は分からなかったけど、とにもかくにも嬉しくて…私はスッカリ舞い上がってしまい、桂さんを探していたことも忘れて…ご機嫌MAXでその日一日を過ごしたのだった。







余程に気に入ったのか、あの日から毎日……
彼女は私の贈った香りを纏ってくれているようだった。

それが微笑ましくも嬉しくて、僅かに誇らしく……
私は温かい気持ちになれた。


だが日が経つにつれて、私は彼女に香を贈った事を少しずつ後悔していた。


好かれと選んだ匂いを常に漂わせている。

それが何故か悩ましいなんて……



――そこには戸惑い顔で溜め息をこぼす小五郎の姿があった――








2010/11/29
凹みがちな気分を浮上させたくて…桂さんからの贈り物で慰めてもらうことに(*^^*)


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