赤い実はじけた


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一章 青の巫女見習い side M


 ◆ルッツの助言

「なぁ、マイン」
「ん? なに、ルッツ」
「おまえ、ほんとにお貴族さまの嫁になるのか?」
「うん、そうなると思うよ」
(というか、もう逃げられないと思うんだよねぇ。あの人からは)
 ルッツは黙って何事か考え込んでいるようだ。
 わたしと神官長――お名前はフェルディナンド様というらしい――は、最初のときに口約束だったけど交渉が成立してしまったし、今は正式に契約を結ぶために条件を詰めているところだけど、どう考えてもわたしに有利な項目ばかりなのだ。
 貴族の子になって本当の家族と離れてしまうのは寂しいけど、それだってかなり譲歩してもらった。貴族の洗礼式をするまでは自宅からの通いで良くて、貴族になっても十歳になるまでの間は神殿の隠し部屋でなら、商品開発の打ち合わせという建前で家族と自由に話して構わないとお許しをいただいている。家族が商人や専属職人に成りすましていることが条件だけど……。
 ベンノさんに聞かされるまで知らなかったけど、普通の貴族は平民相手にそんな面倒くさいことなんて絶対しないらしい。後腐れないよう処分してしまえば良いと考えて、血縁を皆殺しにされてもおかしくないしらしい。無理やり拐って契約させられたとしても逆らえないのが平民で、どれだけ平民を殺しても処罰されないのが貴族の常識なのだとか。お貴族さま怖すぎる。
 しかしその常識に当てはめて考えると、神官長の対応はなにか裏があるんじゃないかと疑うレベルで配慮に満ちている。破格の高待遇なのだ。
 いつも冷静に、こちらに合わせて話してくれるし、色んな可能性について考えてくれて、良い面も悪い面も事前に教えてくれる。
(うん。真面目で公正な人なのは確かだよね……ロリコンなのは別として)
 契約書には結婚後の待遇なども書いてある。
(成人と同時に婚姻ってことで、責任はとってくれるみたいだし。ある意味とっても誠実なんじゃない? 大事にしますよ!って意思がビシバシ出てたもんね……ロリコンだけど)
 マインは真面目な顔で両親と話していた彼の姿を思い出す。
 近くに呼ばれて、先日と同じように魔力を手の平に集めるように指示されて……重ねられた彼の手の甲には前回と同じ魔法陣みたいな紋様が浮かび上がって淡く光っていた。
 手の平からは不思議な温もりとぶよぶよした膜の反発みたいなものを感じ、再び見たマジカル現象にもはや驚きの気持ちはない。貴族社会はもっとずっとファンタジーなものらしいのだ。

『この印は最高神にも認められた番としての絆を示す、非常に神聖なものなのだ。私自身そのような特別な相手を見つけられるとは考えてもいなかったのだが、今では私がこの地で育ち、高位貴族であるのに神殿入りさせられたことすら、時の女神によるお導きであったのだと思っている……つまり、私はマインを助けるために存在しているのではないだろうか』
『魔力豊富なマインは平民としては生きられない。青色として隠し続けても、貴族から見た彼女の価値が高すぎて、やがては権力者から狙われるようになろう。心ない貴族と契約すれば虚弱な彼女は簡単に死ぬであろうし、庇護する貴族が下位の者では上位の者には逆らえない。だが、私ならそれらを退けるだけの知恵や能力があると自負している。還俗すれば領内における権力も戻る。其方らの大事な娘であるマインを私に守らせて欲しいのだ』

 娘の親にプロポーズしてるみたいで、アレはちょっと恥ずかしかった。だけど、そのおかげで父さんも母さんも神官長を信じてくれたみたいだし、母さんに至っては感動したのか目がうるうるしてた。そりゃあ、あれだけの美形にそんなことを切々と言われたら、普通はイチコロだよね。うんうん。
 右手の甲を撫でて掲げて確かめる。わたしには魔法の印は浮かんでない。それは、わたしがまだ貴族じゃないかららしい。正式な貴族はみんな神の意思≠ニいうものを体に取り込んでいて、それで繋がりが分かるんだそうだ。
 どんなふうに分かるのか、聞いてみたけど感覚的なものらしい。とても離れがたくて大切な存在だということが本能的に解るとかなんとかで……やはりというか、予想通り、聞いてもサッパリ理解できなかった。
 ただ、そう答えた時の彼の表情がなんとなく寂しげで。少しだけ落ち着かなかった。わけもなく早くなんとかしなくちゃ≠チて焦ったりして……何とかなんて、できるわけないのにね。
「……イン……おい、マイン!」
「ん? あ、ごめん。なんだっけ」
「だからさ……そいつのこと信用できるのかって話」
「信用できるかどうか以前に、信用するしかないというか……でも、理不尽な命令とかはしないと思う。そういう意味では信用してるかな? きちんと契約書まで用意して誓ってくれるし、従属とか愛人の契約じゃないってだけでもそうとう恵まれてると思うから……」
「……それだけマインが大事だってことか」
「う、たぶん……」
「マインはそいつのこと好きなのか? 成人したら結婚するんだろ?」
「うーん、本を用意してくれるところは大好きだけど……ルッツが言ってるのはそういう好き≠カゃないよね……?」
「ったく、当たり前だろ。男として頼りがいあるのかってことだよ!」
「そうだねぇ……悪くはないんじゃないかな? 落ち着いた大人だし、物知りだし、わたしよりずっと強そうだし」
「マインより弱い男なんかいねーよ……」
「あ、あとはお金持ちかな。金には困ってない≠チて言ってたから」
「お貴族さまってスゲーな。オレもそんなこと言ってみてぇ……」
「あははは……ほんと、どうしていきなりこんな事になっちゃったんだろうね。ちょっと前まではわたし、大人しく死ぬつもりだったのに……いきなり婚約だよ」
「やっぱりマインはマインだったってことなんじゃねーの? どうせ貴族になっても色々やらかすんじゃないか? そう考えたら、そのお貴族さまの方が可哀想かもしれねーな」
「ちょっと、ルッツ。それどういう意味!?」
「マインがやることは他人から見たらワケわかんねーし、ヘンテコなものばっか作りたがるし。マイン、そいつには話しておいた方がいいと思うぞ、おまえの記憶のこと」
「う……やっぱりそう思う?」
「マインのことだから、隠そうとしててもそのうちバレるだろ? だったら先に言っておいた方がいいって。物知りな大人なら、ぜったい変に疑われるぞ。っていうかもう疑われてんじゃねーの?」
「そうだよね……簡単に誤魔化されてくれそうな人じゃないし、一度くらい話してみようかな……」
「そうしろって。そいつが本当にマインの味方なら、それも含めてマインを助けてくれるかもしれないだろ?」
「……うん」

2023/04/02



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