赤い実はじけた


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七章 討伐中の変事 side F


◆嘘と曖昧

 騎士達が黙り込んだことに苛立ったのか、フェルディナンドは軽く舌打ちし、「エントヴァフヌング」と呟いた。黒い弓が淡く光るいつもよく見るタクトに変化する。そしてローゼマインに向き直ると屈み、ガシャンと兜の顔を覆っていた部分を跳ね上げて「その様子で立てるのか?」と尋ねる。金色の瞳が細まり、検分しているような心配しているような表情で見つめられ、ローゼマインはようやく不安や恐ろしさから解放された。
「申し訳ございません。今はまだ痛くて……」
 あと少し休めば立てるようになるとローゼマインが状態を説明すると、不愉快そうに「大袈裟な」とシキコーザが呟いたのが聞こえてくる。するとフランが再び身構えた態度で静かに語る。
「ローゼマイン様は大変お体が弱くていらっしゃいます。あのように突き飛ばされては気絶されてしまうことも珍しくはございません」
「黙れ! 平民が許可なく喋るな!」
 フランは悔しそう口を噛み締め俯いた。フェルディナンドが溜め息を吐く。
「ローゼマインにルングシュメールの癒しを」
 タクトを構え、フェルディナンドはいつもよりずっと多い魔力を使って彼女に癒しを与える。怒りで漏れそうになる魔力を減らすためでもあったのだが、領主候補生である彼が癒しを与えたことに護衛の二人は驚いた。ローゼマインにとってはそれほど珍しくない。過去に何度かあったことなので、感謝はあれど驚きはなかった。
「ありがとう存じます……とても、楽になりました」
 フェルディナンドはじっとローゼマインを見つめる。回復薬など飲むのではなかったなと思いつつ、魔力が溢れないよう抑え込む。おそらく今の自分の側にいるのは平民であるフランには辛かろうと思われた。フェルディナンドは、二人の話はあとで聞くとして、離れた場所――アルノーがいる方を指して少し休むよう言いつけた。フランは頷き、ローゼマインを抱きかかえて守るように運ぶ。

     ◇

 護衛の騎士二人に詰め寄ると、フェルディナンドは再び状況の説明を求めた。
「何があったか答えよ、シキコーザ?」
「巫女見習いが勝手に転倒し、お守りを発動させたのです。この傷がその証拠です」
「護衛のくせに支えることも出来ず、お守りの反撃も避けられぬとは、随分と無能だな」
「……咄嗟のことでしたので。まさか味方に攻撃するとは思わず、盾で弾いては巫女見習いを巻き込むかと思い、離れて受け身をとるに留めました」
「なるほど。それを側仕えが突き飛ばしたと誤解したということか?」
「その通りです。自分の不始末を私に押し付けたかったのかもしれません。相手は平民ですから」
「異論や補足はあるか、ダームエル?」
「……巫女見習いが平民育ちであるとシキコーザが言い、巫女見習いもそれを認めました。そのうえ彼女が洗礼前の子供であることから、シキコーザは巫女見習いが平民同然の存在であると明言しました。巫女見習いは脅されたと感じたのかもしれません」
「それでお守りが反撃したと?」
「分かりかねますが、故意に押されと感じた可能性はあるかと……」
「ほぅ……ところで私が来た時にはメッサーを出していたが、それについてはどうなのだ? シキコーザ」
「武器は受身のために出していたのですが、勘違いで側仕えが歯向かってきたので口論になりました」
「私には護衛対象を攻撃しようとし、それをダームエルが諫めていたように聞こえたが?」
「ダームエルが勘違いしたのでしょう。そうだな、ダームエル?」
「私は……勘違い、していたのかもしれません」

 フェルディナンドが二人の聴取を終える頃、トロンベ討伐に残されていた騎士団をカルステッドが率いて戻ってくる。カルステッドは一番に飛び降りてフェルディナンドに駆け寄った。
「フェルディナンド様。あちらは片付きましたが、こちらは何が……」
 振り向いたフェルディナンドの鋭い眼光に、カルステッドの身が竦む。
「カルステッド、お前が選んだ護衛は随分と無能だな」
 身に纏う魔力の漏れる揺らぎとともに、怒りの滲んだ低い声。

 その場にいた騎士たち全員が息を飲んだ――

2023/04/03



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