赤い実はじけた


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「フン、意味のない祝福だったな。なんてバカなことをするんだ」
 ローゼマインが小さくなっていく騎士団を見つめていると、背後からバカにするように鼻で笑った声がする。護衛として残った男の一人が彼女に声をかけたのである。ローゼマインは驚いて振り返る。するともう一人の騎士が反論した。
「シキコーザ、何を言っているんです!?」
 兜で顔が隠れているので違いがはっきり分からないが、偉そうに仁王立ちしているのがシキコーザで、それを押さえようとしているのがダームエルと呼ばれた騎士であろうと推測する。ローゼマインは不安を隠すように表情を引き締め、二人のやり取りを聞いた。側仕えの二人は騎士からさらに少し下がった場所にいて、フランが心配そうにこちらを見つめていた。
「だが、そうだろう? ただでさえ魔力が少なくて足りない状況で、騎士団への祝福に力を使うなんてバカじゃないか。愚か以外の何者でもない」
 ダームエルの手を払いのけるようにして、シキコーザがローゼマインを指差した。
「確かに祝福がなくても騎士団はトロンベなんかに負けはしませんが、武勇の神アングリーフの御加護があると無いでは大違いではないですか。今回は人数も少ないですし……」
 どうやらシキコーザは魔力の無駄遣いを気にしているらしい。儀式に支障がでると考えているのかもしれない。そしてダームエルが言うように、毎年トロンベの討伐があるということは、祝福がなくとも騎士団は負けない強さを持っているのだろう。けれど、人手不足だからこそ、全くの無駄な行為ではないとダームエルは事情を知らぬであろうローゼマインを庇ってくれているようだ。
 実際、どれだけ騎士団が強いのか、祝福がどれほど役に立つものなのか、ローゼマインは知らない。ただ、自分の心配する想いを貴族らしい言葉を意識して口にしたら、勝手に祝福となって飛び出してしまったのである。意図して祝福したわけではないし、むしろ指輪が光って一番驚いたのは祝福をした本人であろう。おそらく神官長も驚いていた。だからあのように複雑そうな顔をして、これ以上は不要だとの意味を込め、釘を刺して行ったのであろう。
 余計なお世話だったのかもしれない。騎士団の力をみくびっていると誤解されたのかもしれない。だからシキコーザは憤慨しているのだろうか。ローゼマインはそう考え、ひとまず儀式のことは心配無用だと伝えることにした。彼女が騎士団の強さを知らないのと同じように、騎士団も彼女のことを知らないからだ。
「余計なことをしてしまったようで、申し訳ありません。ですが、わたくしが使った魔力は微々たるものですし、儀式に支障はございませんのでご安心ください。ご心配をおかけいたしました」
「は? なんだと?」
「あれだけの祝福をして?……巫女見習いは随分と魔力が多いのですね」
 二人の反応は正反対であった。シキコーザは苛立ちを滲ませており、ダームエルは純粋に驚いているように聞こえる。ローゼマインは己の発言がなにか間違っていただろうかと内心で焦り、そういえば神官長に魔力が人並み以上に多いことが周囲に知られるのはあまり良くないというような話をされたことを思い出す。
「え、ええ。もちろん回復薬の準備もございますから、それを含めての意味ですわ」
 ローゼマインは慌てて取り繕ってみた。すると今度は二人ともが驚いたように目を見開く。
「青色相手に回復薬だと? フェルディナンド様はこんな子供にそこまでなさるつもりなのか……」
「と、とにかく儀式に問題がないのなら良いではないですか。巫女見習い、シキコーザの言うことは気にしなくていい。人数が少ない分、魔力の上乗せをしてくれる祝福はありがたいんだ……ほら、ご覧。始まるよ」
 なんとか気を遣って話題を逸らそうとしたのか、ダームエルが空を指差してローゼマインに知らせる。その指先には木々の間から旋回している騎士団の姿が見える。あの巨大な怪物のようなトロンベを、一体どのように倒すのか……ローゼマインは背伸びをするようにして必死に目を凝らして見ようとした。神官長はどこだろうかと視線で探す。すると空の上で何か号令のような声が響く。その号令と同時に全員が闇のように黒く光る武器を手にしていた。何だろうかと考えて、ローゼマインはフランを手招きして問いかける。
「あれは何でしょうか。フランは分かりますか?」
「いいえ、残念ながら存じません。これほど近くで見るのは私も初めてです」
 本来は神具を持って儀式をメインで行う神官と魔力的な意味で補佐できる神官の二人が騎士に相乗りして、現場に赴くとのことだった。通常、騎士団からの要請に側仕えが同行することはないとフランは語る。今回の要請に赴く人員は、儀式を行うローゼマイン、トロンベを討伐したあとで魔力の補佐を行う神官長、ローゼマインには長すぎて持てない大事な神具を管理するアルノー、そしてローゼマインの体調管理を行うフランで構成されている。つまり、側仕え二人はローゼマインのために同行させられた臨時要員である。ここでも自分の力不足を痛感するローゼマインであった。体が人並みに成長していて、健康であれば自分一人で事足りたのかもしれない。それなら護衛の騎士も一人だけで済んだのではないだろうかと落ち込んだ。同時に神官長の気遣いの多さにも気付く。
「巫女見習い、あれは闇の神の御加護を賜った武器だ。魔力を込めて攻撃すれば、その倍ほどの魔力を奪うことができる。トロンベ討伐には必須なのだ」
 まさか貴族がわざわざ解説してくれるとは思っていなかったので、ローゼマインは少しだけ驚いて全身鎧で覆われたダームエルを見上げた。兜の隙間から口元しか見えないが、青色巫女である彼女を忌避している様子は見られない。
「騎士の戦いをその目で見られる者は少ない。よく見ておくと良い」
「はい。ありがとう存じます」
 ローゼマインは微笑んだ。
「最初は矢で勢いを削いでいくんだ。ほら、あの青いマントがフェルディナンド様だ」
 ダームエルの指差す先には、羽根つきライオンに跨ったまま弓を引き絞る神官長の姿があった。黄色いマントをつけた騎士達のなかで、一人だけ青いマントのため目立つ。一人だけ騎乗したまま弓を引く姿が、ローゼマインには神社で目にした流鏑馬(やぶさめ)に似ているように思えた。上空の風を受けてぶわりとマントが翻る。それを見ながら思いついたことを口にする。
「騎士団のなかで神官長だけ青いマントなのは、青色神官だからなのでしょうか」
 それとも指揮官である目印かなにかだろうか。そんな軽い気持ちでこぼれた問いだった。返答を期待していなかったそれは、ほとんど独り言に近い。
「……それは、違うと思う……」
 ダームエルが苦々しそうに呟く。それには気付かず、ローゼマインはひたすら心のなかで神官長を応援していた。
(すごい、すごい! 神官長、頑張れ!)
 腕の動きと黒い矢が飛び出したことで、神官長が矢を放ったことがわかる。弓から離れた矢は空中で黒くて細い矢に分裂しながら巨大なトロンベに雨のように降り注ぐ。矢が当たったところが小さく光って爆発を起こしていた。
「射た矢をあれほど分裂させるには、かなりの魔力が必要だ。それを何度も射ることができるフェルディナンド様はすごいだろう?」
 どうやらダームエルは神官長をとても尊敬しているようだ。得意そうにそう言って、神官長のどこがどのようにすごいのか、さらに詳しく語ってくれる。ローゼマインはそれをよく知ってるなぁ≠ニ感心しながら聞いているなかで、彼らにとって神官長は青色神官などではなく、貴族のフェルディナンド様≠ネのだということに気が付いた。騎士団からの要請でここへ来て、騎士として戦っているのだから当然と言われれば当然なのかもしれない。遅れて気付いたそのことに、ローゼマインは気持ちを切り替えるように意識した。ローゼマインが心の中でフェルディナンド様≠ニ呼ぶ練習をしていると、ダームエルは軽く溜息を吐いた。
「早く騎士団に戻られればいいのに……」
 ポロリと零れた本音のような言葉を耳にして、ローゼマインは何度目か分からない驚きを感じながらダームエルを見上げた。それに気が付いたのか、ダームエルは気まずい沈黙の後、ぼそりと呟く。
「……これは口外法度だ」
「かしこまりました。口外法度ですね」
 くすりと笑ってローゼマインは頷いた。
「……フェルディナンド様は、騎士団でも人気者なのですね」
「騎士団でも?」
 ダームエルが不思議そうに首を傾げたが、すぐにああ、フェルディナンド様は文官としても優秀でいらしたそうだからな≠ニ、納得したように頷いていた。

2023/04/03



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