赤い実はじけた


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「新しい側仕え、ですか?」
「はい。マイン様はすでに基本的なことは全て学ばれたご様子。そろそろ本格的に教養を身につけるために、教師役のできる側仕えを召し上げて習うようにとのご指示です」
「どのようなことを習うのでしょう」
「フェシュピールという楽器の演奏や、舞の勉強、書や刺繍を習って上達させることが貴族女性としての必須項目で、それ以外には詩を書いたり絵を描いたりすることも教養のうちとされております」
(楽器かぁ……ピアノの経験ならあるけど、フェシュピールってどんなのだろう。難しくないといいけど)
「それで教師役の新しい側仕えは何人くらい必要なのかしら。わたしが費用を賄うのよね?」
「はい。マイン様か、あるいはマイン様のご実家に御負担いただくことになるかと。マイン様は上級貴族になられるとのことですから、人数としては三〜四人くらいが目安となります」
 側仕えを召し抱えるのも決して楽じゃない。二十四時間なんでもお手伝いしてもらえる代わりに、衣食住を賄う義務がある。食事は孤児院へ下げ渡しされる分のことも考えると、かなり多めに作ることになる。側仕えがそれだけ増えるとなると、料理人も増やさなければならない。エラだけでは無理だろう。
(それとも、料理人のサポートもできる灰色を召し上げるとか?)
「フランも何か楽器を嗜むのかしら?」
「私は芸事には疎く、お役に立てず申し訳ございません……しかし、神官長でしたらフェシュピールの名手でいらっしゃいますので、直接ご指導いただく機会もあるかと存じます」
「そうなのですか。神官長は本当に万能ですのね……」
「はい。その神官長がお勧めされた巫女が数人……こちらをご覧ください」
 そう言ってフランは名簿を渡してきた。
「こちらの巫女たちは以前、芸事に優れた青色巫女に仕えておりまして、本人たちも主と同様の教育を受けていたそうです。なかでもロジーナは主の気に入りで、楽士になれるほどの腕前だそうです」
「それは素晴らしいですわね。では、フェシュピールの指導はロジーナにお願いしてみましょう。あとは……あら、ヴィルマも同じ巫女に仕えていたのね! だから絵があんなに上手だったのかしら。わたくし、本作りのために優秀な絵師が欲しかったのです。ヴィルマに側仕えになってもらえるととても嬉しいわ」
「ではこの二人に打診してみましょう。もう一人お召しになりますか?」
「そうねぇ……通いのうちは、三人で十分だとは思うのだけれど、女性ばかりではフランも息が詰まるのでは? 神官の名簿も見せてくださる?」
「こちらに。ですが私のことなどお気になさらず、マイン様が必要とされる人材をお求めくださいませ。神官長のように、試用期間を定めて能力の確認や、相性の良し悪しを判断されてから正式に決めるのも良いかと思います」
「なるほど。それもそうね……」
 マインはざっと名簿の項目に目を通していく。そうして気付いた違和感に、不思議に思って口にした。
「灰色神官はわりと成人が多くて年代も幅広いのに、灰色巫女は随分と若い子ばかりなのですね。成人の巫女となると三十代は一人もいませんし……」
「それは……数年前に多くの青色神官や巫女が還俗されまして、孤児院に戻された灰色が一気に増えたことございます。その時に、神殿長のご方針で一定の基準に満たない灰色が売り払われたり処分されたので……」
「……そう、神殿長が……なら女の子が若い子ばかり残されたのも納得ですね。もしかして孤児院の子に綺麗な子が多いのは、そういった理由からでしょうか」
「このようなことをマイン様のお耳に入れるのは心苦しいのですが……」
「良いのですよ。わたくし、これでも孤児院長ですからね。わたくしが知っておくべきことは隠さずに教えてくださる?」
「……かしこまりました」
 フランはどこか苦しそうに目を伏せた。きっと言いたくないような理不尽で辛い出来事が、昔の孤児院では当たり前のようにまかり通っていたのだろう。
(これからはそうはさせないんだから!)
 自分が孤児院長でいるうちに、出来る限り体制を整えて、孤児たちがまともに生きていけるようにしたい。たとえ、目の前で苦しんでいる子たちだけしか助けられないのだとしても……自分勝手な話だが、助けられるものなら助けてあげたい。じゃないと安心して読書ができないのだ。全てを救えるとは思ってない……だけど、一つでも多くの命を救えたら良いと思う。
「もしかして、今でも三十歳をすぎると灰色巫女は処分されてしまうのかしら?」
「神殿長のお決めになった目安ですと、二十歳をすぎた灰色巫女は二十五歳までに売りに出されます。買い取り先が見つからなければ、おそらく……」
「……この中だと、一番年長のローラという子が危ないですね。その次までは二年の猶予があります」
「ローラは次の春で二十五になります。買い取りの打診もなく、本人はもう覚悟を決めているように見えました」
「では三人目の側仕えはローラにします。筆頭側仕えはフランですが、年上の彼女とでも上手くやれそうかしら」
「問題ありません。側仕えとしても経験豊富な彼女には学ぶことも多いと思います。本人は穏やかな気質ですし、マイン様も大人の女性視点を学べる良い機会になるのではないでしょうか」
「そうね。色んな年代の感想をもらえると、新しいレシピ作りも捗るわ」
(それに、よく考えたらローラってわたしと同い年ってことじゃない? 同世代の女の子と話せるのは正直いって嬉しいかも!)
 マインは新しい側仕えとの生活が楽しみになり、厳しい稽古が始まることをすっかり忘れて舞い上がっていた。

2023/04/02



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