*与四食満←伊作



「みーつけた。
留さん。こんなところで何してるの?」
「伊作………」




時を遡ること半刻。

僕が保健室で包帯を巻き直していると、三年の富松作兵衛が焦った様子で入ってきた。


「食満先輩見ませんでしたか!?」
「んー…授業が終わってからは見ていないけど…何かあったのかい?」
「あ、いや、先輩が委員会の時間になっても全然いらっしゃらないです。だから善法寺先輩なら居場所を知ってらっしゃるんじゃと思ったんですが……」
「なるほど……
分かった。同室としても心配だし、僕も捜してみるよ。」
「あ、ありがとうございます!!俺も、もうちょっと捜してみますので……お邪魔してすいませんでした!!」

そう言うと彼はまた慌ただしく走っていった。

富松が保健室を出て行くのを見届けると、僕は奥で薬の本を読んでいる伏木蔵に留守番を頼み、外へ出た。


僕はもう、さっきの富松との会話で留三郎の居場所の目星を付けているんだ。


昔から、何かあるといつも留三郎が行く場所。
四年生の時、今までで一・二を争うくらいの大喧嘩を文次郎として、心身共に傷ついた時にも居たし、それから五年生の時、長次と仙蔵が忍務に行ったきり一週間帰って来なくて不安になっていた時にも居た場所。


そこは煙硝蔵の裏。
人通りも全くと言って良いほど無いし、日が当たらないから一人になるのにうってつけの場所なんだそうだ。



そして今日も、ほら、居た。


そして冒頭の会話に戻る。

「みーつけた。
留さん。こんなところで何してるの?」
「伊作……」


所謂体育座りと言う体勢でしゃがんでいる留三郎にそっと近づき、背後から声を掛けると、予想と反してあまり吃驚するような仕草を見せずに、緩慢な動作でこちらを振り返った。

留三郎の目は明らかに『なんで来たんだ、一人にさせてくれ』と言っていて。


だけど僕はその視線を無視して留三郎の隣に同じようにしゃがんだ。

すると鋭さが増す視線。僕は気付かない振りをして、

「何かあったの?」

と尋ねた。
留三郎はぶっきらぼうに

「別に、」

と答えた。
そんな訳ないでしょ?

「嘘だ。」
「嘘じゃない。
伊作、俺は別に何ともないから、一人に」
「与四郎君の事でしょ。」

僕は留三郎の言葉を遮って言った。

「なっ…んで、与四郎がここで出てくるんだよ!?関係無いだろ!!?」

明らかに動揺している声、表情。
あぁ、君って人はなんて分かりやすいんだろう。

「関係なくないでしょ?昨夜与四郎君来てたじゃないか。」
「な、なんでお前そんなこと知って…お前確か昨日は保健委員会の」
「仕事があったから保健室に居たよ?だけど仕事が終わったのは丑の刻頃なんだ。部屋に戻ろうかと思ったら中から声が聞こえたから、あぁ、与四郎君来てるんだなって。」
「……。」
「留さん?」


留三郎は話の始めの方はちゃんと僕の方を見ながら聞いていたけれど、段々俯いてしまって、僕が話し終わる頃には完全に下を向いてしまっていた。

「どうしたの?」
「……。」
「留さん…」
「……。」
「…言ってくれなきゃ何も分からないよ?」
「……。」


応答なし。
このままじゃ埒があかない。


「……はぁ…もう分かったよ。好きなだけ此処に居たらいいさ。」

そう言って僕は立ち上がった。
なんて言うんだろう、押しても駄目なら引いてみろ、ってやつ?

僕が一歩を踏み出したその時、

「与四郎が、さ、忍務なんだって。」

ポツリと呟くように留三郎が言った。

「此処と相模は、すごく遠いだろ。だから、ただでさえ会えない…なのに、忍務だなんて……
仕方ない、って分かってはいるんだ。
けど、次、いつ会えるのかさえ分からないのに、生きて会えるかも、分からなくなる、なんて、さ、って、思ってな…」


……まあ、大方の予想はついてたよ。

僕は留三郎の横にまたしゃがみ込んで、立て膝を立てる。

彼の顔を覗き込むと、なんとも情けない顔をしていた。
普段意思の強そうな目は、今は不安とかそういった類のものに覆われていて、雫がこぼれ落ちそうだった。

いつもより小さく見える彼の身体を抱き締めて、僕は言った。

「大丈夫だよ留さん。君が惚れ込んだ男なんだから、そう簡単に死にはしないよ。」

安い。

「たとえ危機が迫っても、君が此処で待ってる、それを考えるだけできっと彼に力が沸いて来るんじゃないかな?」

安い。

「だから君は、今君に出来る事をするんだよ。待っていれば必ず帰ってくるさ。」

安い。

「いつまでも不安がってばかりじゃなくて、ね?出来る事をしよう?」


安すぎる。

なんて安い言葉の羅列なんだろう。


それでも留三郎は、僕が話し終わると顔を上げて、そうだな、と微笑んでくれた。


その寂しげな笑顔を見て、僕は募る感情を戒めるように、君を抱き締める腕に少し力を篭めたんだ。




僕なら、絶対君にそんな寂しい思いをさせないのに。


でも与四郎君と君がどれだけお互いを愛し合っているか僕は知っているから。


僕はこの想いをひたすら隠し続けるよ。


君の幸せの為に。