epilogue


 部屋中に真っ白な羽根が散乱していた。一枚とか二枚とかいう規模じゃない。たくさんたくさん、埋め尽くすみたいに。

 真っ白+羽根+ふわふわとくれば、予想付かないはずがなかった。
 ゆっくりと起き上がりかけていた天使くんの両肩を急いで掴んで、強引に左に捻る。

「な、なつきさん」

 息を飲んだ。

 羽が──天使くんの、羽が。一つきりの羽が。

 ほとんど、ない。


 私が空から落っこちたのを助けるために失った片方の羽は、付け根からなくなっていて、元から残ったほうの羽しかないみたいになっていたはずだけど。
 今の「ほとんどない」っていう状態は、もっと、悲惨な感じがした。

 はらはらはらはら、抜けてしまった、みたいに。


 手に入れた力がゆるめば、天使くんはこちらに向き直った。

「あの……ええと……その」

 テンシの羽は、力の証。
 すべて抜け落ちてしまえば、天使くんがどうなるか。実例はいくつかあるけど、詳細はみんな不明。ただ、良いことじゃないってことだけは確か。

 言い淀んだ天使くんを前に、私はぐるぐるぐるぐる、考え込んでいた。

 浄化……だと思う。間接的にしか知らないけど、羽根が部屋中に散らばってる必要がある場合って、それしかないから。
 天使くんは、この部屋にあるアクマの形跡を取り除こうとしているんだ。

「……オレ、なつきさんに感謝してるんです。なつきさんがあのまま、アイツに食べられてしまっていたら」

 何かをためらっていたはずの天使くんが、優しい顔をして、笑った。

「……本当に、ありがとう。ずっとわからなかったことが、わかるようになったんだ。何が大切なことなのか、なつきさんが教えてくれた。ヒトは弱くなんかなくて、むしろ強い生き物だってこと。テンシより、もっとずっと」

 なに、それ。
 まるで幸せだって言ってるような顔をして。大事な羽がほとんどなくなってしまったっていうのに、私はそれがすごくすごく心配なのに、天使くんは笑っている。

 とってもかわいくて、ちょっと大人びてて。だけど今は、いつもと違う「何か」を含んだ不思議な微笑み。

 何だかずるい気がした。

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