episode.5


「天使くんは大門さんのこと誤解してるんだよ。ちょっと買い出し行ってくるっ」

 目の前のノートパソコンを押し付けるように閉じて、私は素早く立ち上がった。財布の入ったバッグを右手で掴み、ワンルームをあとにしようとする。

 おかしいな、私ってばどうしてこんなに動揺してるんだろう。天使くんが何か言ったって、そんなのは、私の知っていることに影響しないはずなのに。天使くんの目を、見ていられないなんて。

「待ってください!」

 玄関へ続く短い廊下へ足を踏み出したあたりで天使くんに捕まった。左肩にバッグを掛けたところで右の手首を掴まれて、それ以上進めなくなってしまう。

「待ってください、なつきさん。オレも行きます」


 どくん、と。

 掴まれたほうの手首に通る動脈が揺れた。


「っ、うあっ!」

 首が──首筋が、痛い!?

 心臓が止まってもおかしくないような痛みが首を突き刺した。まるで血管に芋虫が入り込んでもだえているような。
 声にならない呻きを上げながら、私は無我夢中で右腕を振り回して天使くんの手を払った。

「触らないでっ!」

 とにかく天使くんを突き飛ばし、自分で手首を締め上げる。脈が大きく波打ち、気持ちが悪かった。

「な、なつきさん、」

 体が小刻みに震え出した。立つこともできず、私はがたがた震える足でその場にへたり込んだ。痛い。この間の痛みなんて非じゃないくらいに痛い、どうして? 手首も首筋も火傷をしたみたいに熱い。
 ぼろぼろと涙をこぼす。嫌だよ痛いよ。

「なつきさん、落ち着いて。ほら、」

 天使くんに肩を掴まれた。

「やめ……っ」
「落ち着いてください!」

 天使くんに触れられたら痛みが増す気がして。もがこうと思ったらそのまま抱きすくめられて、一瞬だけ動きが止まった隙に、手首と手首を締め上げていた左手を引き離された。涙のせいでぐしゃぐしゃの景色には確かに金色があって、天使くんが近付けば近付くほど首筋の痛みはやっぱり増していく。火でもついたみたいに。

「い、いたいよ。あまつかいくん……いたいよう……っ!」
「息を大きく吸って。大丈夫だよ。痛くないから」

 あまつかいくん。あまつかいくん。言われた通りに息を吸う。

「吸ったら吐いて。大丈夫だから、安心して、ほら」

 吐いた。

「もう一回。そう、上手。もう一回……」

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