どぉん、と体が震えた。埃の積もった窓枠に手を掛けた私はただ、ちろちろと消えていく光の欠片を眺めながら涙をぬぐっている。……どぉん。 忍びもしない春の夜の冷たい空気に囲まれて、一人じっと花火を見ている。 4月の第2土曜日。いつもこの時期に春祭りの予定は集まっているようで、今日は隣町の大きな祭りの日だった。 祭りの日とは言っても浴衣を着るには早すぎたから、春色のワンピースにベージュのスプリングコートを羽織る。この間買ったばかりのパンプスを履いて、鞄を肩にかけて、私は家を出た。彼のバイトは5時に終わるはずだから、待ち合わせをした5時半まであと1時間くらいある。少し早かったかもしれない。 最寄りの駅まで歩いて、切符を買って、電車を待つ。隣町まで15分と掛からないけど、そこまで行っても彼がまだいないことは知ってたけど、それでも、ホームに滑り込む電車の姿を探して線路を覗き込みたい気持ちになった。 だって今日は2週間ぶりのデートなんだもの。 鞄からスマートフォンを取り出して時間を確認する。発車まであと3分だから、そろそろ来てもいいころだ。そのまま操作してツイッターを開くと、写真付きのツイートがてっぺんに上がっていた。香織だ。スタバで過ごしているらしい。 まもなく列車が参ります、のアナウンスに顔を上げる。 私はいつも彼のことをビョーキだと思っていた。物事を何でも追究して深いところまで理解しようとする姿勢は嫌いじゃなかったけど、度が過ぎて、方向がマイナスになってしまうのはビョーキだと思っていた。病気じゃなくてビョーキ。 彼はいつでも優しくて、でもちょっと薄暗いタイプの男の子だった。 彼は来なかった。 わがままを言うタイミングじゃなかったんだ。私は知っていたのに。彼がどういう人か、ちゃんとわかっていたのに。意固地になって突き放して、甘えた。 だから今だってこうして一人で泣いている。あの日彼と見るはずだった花火を、震えながら見ている。無音で咲いて、散るころに轟いた。どぉん。 あの花はどこから見ても丸いんだろうか。誰にでも綺麗に見えるんだろうか。 彼は今、どうしているだろう。 私は電車に乗った。 ツイッターの中の香織は花火の写真を上げたりしない。ただ一言、きれいと、つぶやいていた。 錯綜する。 私は彼に会った。 待ち合わせの時間なんてとっくに過ぎていて、花火も終わってしまって、帰っていく人たちの中で、彼だけが止まっていた。微動だにしないようだった。 着込んだダウンのポケットに手を突っ込んで、ぼうっと、花火を見ているみたいだった。ビョーキだと思った。 彼がこちらを向いた。えらく驚いた顔をして、だけどそこから動かなかった。この間やっと合わせてくれるようになった目を見つめて、私は一歩、踏み出した。何だか数年ぶりに会ったような心地がした。 スーツが春色のワンピースに変わる。ネイビーのトレンチコートがベージュのスプリングコートに変わる。新品のパンプスが私を支えた。 「遅かったね。……よかった。来ないかと思った」 理由もなく、連絡もしないで、来ないわけないよ。でも、遅くなって、ごめんね。 私が謝ると、彼はそっと笑ってくれた。怒って、ないの? 「ここに来てくれたから。怒らないよ」 だから泣いたりしないで。そう言って、私の頭を初めてなでた。 はるとゆめ top |