+++ | ナノ

ロウ・レイン


「結局のところ、人間ってものは、ひとりだ。ひとりきりなんだよ」と、彼は言う。眼鏡のレンズの向こう側は、蛍光灯の光が反射して、よく見えない。
 タタン、タタンと揺れる車両。窓を走る風景。空はきっと青くて、ただひたすらに青くて、入道雲が立ち上がる。乗客はわたしたち以外にいない。向かい合うわたしたち二人だけ。
 わたしには彼の言うことがわからないときがある。ううん、わかりたくないだけかもしれないけど、わたしには、彼の気持ちも何もかも、わからなくなるときがある。たとえば今。
 そういうときは、反論を考える。わからないけど、わからないなりに、どうしてわからないのかを考える。それはきっと反論になる。彼を引き戻す反論になる。
 ひとりだと言うのなら、ひとりじゃないと言えばいい。ひとりじゃない。彼はきっと理由を求める。どうして、と言う。だから、答えを用意しなくちゃいけない。人間がひとりきりじゃない理由。
 むむう、とまゆねにしわを寄せて考える。人間はたくさんいるから……というのは、違う気がする。数の話ではないから。「一人」の話じゃなくて、「独り」の話だと思うから。
「むずかしいことを考えているみたいだね。いいんだよ、僕はちゃんとわかっているつもりだから。君がそんな顔をしなくても、ちゃんとわかっている」と、彼は言う。眼鏡のレンズの向こう側は、ぼんやりとやさしい。
 心を砕くような目は、ふと窓の外へ向いて、細くなる。彼もきっと青い、ただひたすらに青い空と、立ち上がる入道雲を見ているに違いない。そうでなければ、そうでなくては、わたしたちはそこにいないことになってしまう。どこにも向かえなくなってしまう。
 引き戻さなければと、それだけ思って、わたしは口を開く。「ひとりきりじゃないよ」と、わたしは言う。そのあとに必要な答えも持たずに、よろよろと。
 彼の目が戻ってくる。わたしの元に戻ってくる。タタン、タタンと揺れる車内で、わたしたちは向かい合っている。それだけで、それだけが答えのような気が、して。
 だってひとりだなんて考えたくもないから。となりにいるのに、わたしはここにいるのに、透けてしまいたくないから。わたしはひとりになりたくないから。彼をひとりにしたくないから。二人だけしかいなくても、二人きりじゃないと思いたいから。
 わたしには彼の言うことがよくわかる。本当はよくわかっているから、反論するんだ。
 そんなにさみしいのは、とても、さみしいことだから。
 泣きつきたい気持ちでいっぱいだけど、それはきっと。きっとそうだから、わたしもがまんする。彼の目は突き刺すようにやさしい。
「そうだね」と、彼は言った。
 ざわめきに満ちたホームが近付く。



魚の耳」さん提出(2012年8月/と、彼(彼女)は言う)


top
 
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -