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 俺には好きな子がいる。
 世の中にはいろんな選択があって、その選択を自分でしながら、生きているんだと思う。昼飯を弁当にするか購買にするかとか、寄り道をするかしないかとか。他にもたくさん、選択はあると思う。
 それで、俺の目下の選択っていうのが、好きな子に告白するかどうかってことだ。これはここ一年でのビッグチョイス。まず、こうやって選択を悩んでいる時点で結構余裕があるように見えるかもしれないけど、これは頭をよじらせすぎて一周回って冷静に見えるだけだ。本当は何も解決していない。
 とりあえず、長谷(はせ)は可愛い。あの可愛さは半端ない。
 みんな、中塚とか藤村とか、超の付くような可愛い女子ばっかり見てるから気付かないんだろうけど、長谷はめちゃくちゃ可愛い。さらさらの黒い髪の毛はボブっぽいショートで、目は小さめだけど丸っこくてきらきらしてる。にこって笑うと白くて整った歯が見えるんだ。
 ああ、長谷の可愛いところは外見だけじゃない。一緒にいる藤村の天然にやんわりした突っ込みを入れたり、相談にも乗ってるらしくて、面倒見のよさがうかがえる。授業中、たまにうとうとしているけど、必死に起きていようとする姿なんかもう。
 俺は長谷と会えるだけでも幸せで、話せたときはこっそり浮かれている。「水野(みずの)くん」って呼んでくれたら気分は上々。
 そう。だから、これでいいと思っていた。長谷とはたまに話すくらいのクラスメートでもいいかなって。
 こんなこと、仲のいいやつにだって言えない。純情かよって笑われるのが落ちだ。
 だけど、そんなふうに考えていたはずの俺が、長谷に告ろうかどうか迷ってるってことはつまり、現状を保てなくなる可能性があるからで。今は1月の中旬で、もうすぐ進級するから。長谷とまた同じクラスになれるかなんてわからないし。
 その焦りで、うっかり、なんだか知らないけど、長谷と一緒に帰る約束取り付けちゃったから!

 外はもう暗くなってきていた。窓から見える中庭を歩く生徒たちの数もかなり減って、俺は教室で長谷を待っていた。さっきまで暖房がきいていた教室はもうひんやりとして、冬が這っているような感覚だ。マフラーを巻いてひたすら外を見る。
 長谷は係の仕事で集めたノートを職員室前の提出棚に運ばなければならないとかで、教室に鞄だけ残している状態だった。長谷の鞄。ふわふわのクマのぬいぐるみがくっついている。長谷は可愛いものに目がないらしく、確か、携帯電話のストラップにもクマのぬいぐるみがついていた。そこがまた女子っぽくて可愛い。
 俺は、長谷が帰ってきたときに振り向いて迎えられるように、ずっと、長いこと、外を見ていた。
 今日は長谷と一緒に帰るのか……長谷、あっさりOKしたな……もう提出棚に着いたころかな……うう、緊張してきた。俺はこのまま長谷と帰って、それで、告白するのか。帰り道の、いつ? 途中で下手に告ってごめんなさい展開だったら気まずい。気まずいのは苦手だ。それなら、長谷と別れる予定の駅前で? 人が多いんじゃないのか、そこ。電車も通るし、告白が掻き消えたりしたら嫌だ。格好悪いし、へこむ。それならやっぱり、告白しないほうがいいんじゃあ。
 どこであれ、もし、俺が告白して失敗したら、長谷とは気まずい雰囲気になる。やっぱり気まずいのは嫌だし、もしかしたら、長谷と話せなくなるかもしれない。笑顔だって見られない、名前も呼ばれない、そんな不幸なことはない。
 だけど、俺が告白しないなら、長谷とはこのままの関係でいられる。クラスメートではなくなるかもしれないけど、どこかで会えば挨拶くらいするはずだ。それで、長谷はいつもみたいににこっとしながら「水野くん」って俺の名前を呼ぶんだ。幸せだ、それで十分じゃないか。しばらく経ったら、何もなくても長谷と話せるようになって、それから、長谷は俺に言うんだろう。好きな人ができたんだけど、相談に乗ってくれるかな……って駄目だ!
 体を外に向けながら、どこにも意識を向けていなかった俺は、背後の気配にまったく気が付かなかった。
「ごめんね、水野くん。お待たせしましたー」
「うおうっ!?」
 長谷だ! 野生の長谷が現れた!
 振り向いて迎えるどころか意味不明な奇声を発して振り返った俺は、そこで目をしばたく長谷とうっかり対面してしまう。
 告白。
 ただ、その二文字が浮かんだ。だってもし、もしもだよ、俺と長谷が両想いなら、全部うまくいくじゃないか。気まずくならないし、長谷が他のやつのことを好きって言って相談してくることもないし、今まで見たこともないちょっと照れた顔で笑って、うわっ恥ずかしがってる長谷とか見てみたい可愛いに決まってる、それでうなずいてくれるかもしれないじゃないか。
「み、水野くん? なんか顔が赤いけど大丈夫?」
「う、うん!? 平気、平気!」
 最強の妄想にひたりかけた俺は、心配そうな顔をした長谷の言葉に反射的に答えた。長谷を前にして長谷の妄想をするなんて末期だ。
「じゃあ帰ろっか」
 長谷はにっこり笑った。
 あああああ、駄目だ。駄目だ駄目だ駄目だ!
「駄目だー!」
「ひえうっ!?」
 今日の長谷の笑顔の破壊力は魚雷並みだ。いつもなら、ああ可愛いなあって和むところだけど、今日に限って、長谷の笑顔が数段可愛く見える。俺が告白を意識しているからかもしれない。それに加えて、最強の妄想なんかしてしまったから。だから、いつもと変わらないような笑顔が、心臓にずぎゅっとくるんだ。
 俺がいきなり叫んだせいで、長谷は目を白黒させていた。しかもちょっと涙目になっていてなおさらやばい、じゃなくて、どうやら驚かせてしまったらしい。
「か、帰るんじゃ、ないの?」
 長谷が怖々聞いてくる。俺がおどかしたんだから、きちんと安心させなくちゃいけない。慎重になって、でも時間は掛けすぎないように、言葉を選んだ。
「あのな、長谷。俺は、長谷に、話があるんだよ」
 長谷の顔が呆けたものに変わる。
「えっとー、あのほら、次の春ってもう2年生になるわけだろ」
 こっくりうなずく長谷を見ながら、俺は自分で口にしたことを反芻していた。
 そもそも、俺が長谷に告白するかしないかのビッグチョイスに手を出したのは、これが理由だったはずだ。2年に進級して、長谷と同じクラスになれるかわからないから、長谷と一緒にいられなくなるかもしれないから、だから告白して。一緒にいられるようにって。
 つまり、俺は長谷と一緒にいたくて。
「……あの、水野くん。ちょっといいかな」
「ん?」
 少し空いた間に、長谷の言葉が滑り込んできた。
 長谷はひどく真剣な顔をしていた。英単語の小テストがあるからと単語帳を見ているときの顔だ。何かと思っていると、長谷は両手のひらをぱっと広げて。
「手、借りるね」
 言うが早いか、素早い動きで俺の両手を掴まえた。
 え?
 長谷の手はひやりと冷たくて、俺の手から体温を奪っていくような気すらした。その冷えた手は確かにそこにあって、俺の手をしっかり掴まえていて、むしろ握るようで、ぎゅって、なにこれ。なにこれ長谷の手やわらかい?
「うおうわうおわあう!?」
 本日二度めの奇声を発しながら手を引っこ抜き、一歩後退すると、窓ガラスに頭をぶつけた。ごんっと鈍い音。
「ご、ごめん、そんなにびっくりするなんて……」
 いきなり解放されたせいか、俺の手には妙な圧迫感が残っていて、ぶわあっと汗が吹き出た。顔に熱が集中すると、そっちのほうも汗が流れそうになった。なに、なんなの、いまの。
「……か、」
 ぼんやりしたまま長谷を見ると、ぽかんとしていて、だけどなんとなくうれしそうだった。どこかで見た顔だけど、どこだっけ。
「かわいい……」
 ああ、そうだ、それだ。あの、ふわふわしたクマのぬいぐるみみたいに可愛いものを見つけたときの表情。
 長谷のつぶやきに意識がはっきりして、熱も引いた。後頭部を押さえながら後退した一歩を逆に前進すると、長谷はちょっと身を屈めて、顔を覗き込んできた。
「あ、たま、頭は? すごい音がしたけど」
 そのままちゅーでもしてやろうかと思った。けど、キスなんかしたことのない俺にそんな度胸はない。
 それより、俺は憤慨していた。好きな子に対してこんな気持ちを抱いていいのかわからないけど、俺はとても腹を立てていた。正解なんて知らないけど、俺はむかつきを外に出すことにした。
「長谷さ、さっきからなんなの? 俺、話があるって言っただろ。何がしたいんだよ」
 怒気に気が付いたのか、長谷は俺から距離を取った。逃がすかと思って睨み付けようとしたら、視線の先にいた長谷のほうが先に俺を睨んでいた。
「それはこっちの台詞だよ。水野くんこそ何がしたいの? 話なんか全然してないじゃない。春になれば2年生になることくらい誰でも知ってるよ。そんなこと話したかったの?」
 いつも穏やかな長谷の反撃に面食らった俺は、そのとき、女子怖え、とだけ思っていた。情けない話、長谷の迫力に負けて勢いを削がれていた。
 そして、長谷の次の一言に、俺は太刀打ちできなくなってしまう。
「いつになったら告白してくれるんだよー!」
 手榴弾が爆発した。
 長谷はぜえはあと肩で息をしていた。俺はとりあえず粉々になっている。
 俺のここ一年での最大の選択は、俺が選択する前に、長谷に一択にされてしまった。不思議としか言いようがないけど、ばれていたらしい。
「あたし、どうしたらいいのかわからないよ。今だってちょっと、もし違ってたらどうしようって考えてるんだよ。うん、違ってたら恥ずかしいから忘れてね!」
 捲し立てる長谷を前に、ああ、畜生、とか思った。
 「もしも」なんて、この世には存在しなかったんだ。俺の想定する「もしも」も、長谷の想定する「もしも」も、ちっとも存在していなかった。仮定の話なんて、現実じゃない。「もしも」なんか役に立たない。
 だって、うつむきがちの長谷の顔は、俺が思っていたよりもっとずっと真っ赤で、粉々の心だって蘇るほど、すごく、可愛かったんだから。
 もしも、想定してみても、仮定は仮定の域を出ない。
「ごめん。当たりだよ、長谷。俺は長谷のことが好きです」
 二周回ってようやく冷静になった俺は、ああやっぱり長谷の可愛さは半端ないなあ、俺は長谷のことが好きなんだなあと思いながら、笑った。



魚の耳」さん提出(2012年1月/一周年企画/もしもの話)


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