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 ごっこだと思っていたことがある。本物が何かも知らなかったくせに、それはごっこだと決め込んで、笑っていたことがある。そして、そんな自分にけりを付けたことも。
 どちらだって、よかったのに。選択肢の限られていることでは、なかったのに。

 だけどわたしは笑っている。
 いつものことながら早く着きすぎちゃった、と、彼のくれた腕時計を見る。シルバーのベルトに、ちょっとした石の埋め込まれた文字盤。長針は9時を回ったところだった。

 センチメンタルな気分になったのはそう、昨日、UちゃんがIくんと別れたという話をCちゃんから聞いたせいだと思う。スマートフォン越しのCちゃんの声は昔と変わらずよく通って、本題なんてない会話の中、何気ないことのようにそれを教えてくれた。わたしは確か、そっかあ、とか、そんなことを言った気がする。

 懐かしいなあと思った。あのころの馬鹿なわたしに会えたなら、叱咤くらいしたい。散々非難したあとで、思い切り、抱きしめたい。馬鹿だねって言って、包んであげたい。

 わたしは何かに恋をしていたわけじゃなかった。
 わたしは何かに恋をしたかっただけだった。

 Kくんへ抱いた気持ちは確かに好意だった。わたしへ対する好意だった。誰かに好きになってほしくて、だけどかなわなかったその思いは、憎しみに変わってしまったけど。わたしはわたしを通してKくんを好きになった。最低だと思っていた。

 だけどそれは、最低じゃなかったって、気が付いた。そこで結論を出して先に進まなかったことが不幸になっただけ。人は誰だって、誰かに愛されたいと願うものだから。誰かを愛したいと望むものだから。
 あのころの無垢なわたしには、それが罪深く見えただけ。

 ふと、隣りに誰かが立った。
 思い出に浸らせていた体を持ち上げて、わたしはその人に目を向ける。

「Xくん。びっくりした」
「ん、ごめん。なんか考え事してるみたいだったから」

 そこにいたのは彼だった。わたしの待ち望んだ、愛する彼だった。

「いいよ。それより、どうしたの。まだ15分前だよ」
「今日はAよりも先に来て驚かせようと思ったんだけど」
「……ありがとう。今日はいつもより15分も長く一緒にいられるね」

 微笑みかければ彼も照れたように笑う。はにかむようなその顔がわたしは大好きで、もっともっと、笑顔になった。

「行こうか?」

 誰かとこんなふうに並んで歩けることも、あのころのわたしがいたから。
 だからねいま思えば、すべてよかったって、思えちゃうよ。それがどんなに独りよがりでも、やっぱりわたしはどうしても、あのころの世界を愛したくなっちゃうんだよ。



  ‐Watching‐



 そうだ。これを、言い忘れていた。
 ありがとう。


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