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※主人公の口が悪いので苦手な方は注意



 ぶつかってきた女がスライスした食パンなんかくわえてて、そのパンにはなんとも甘ったるそうなストロベリージャムが塗りたくられてて、その面と俺のシャツがくっついた瞬間に発生するものが何だかわかるか。女いわく「運命」だとよ、馬鹿野郎。

「キャアッごめんなさい、あっ服にジャムがっ……あれ、その制服もしかして同じ学校?ああ違った、えっとごめんなさい、ごめんなさい!」

 軽くしねよと思った。

「い、いま拭きますっ。えっとえっとハンカチ、ハンカチ。はいっ」
「触んな」
「キャアッ伸びちゃった!ふええん、どうしよう!」

 二回しねよと思った。

 長い三つ編みを二つぶら下げた女が真っ白なハンカチにストロベリージャムをつけてシャツにそれを伸ばしてきた。本人はいたって真面目なのかふざけてるのか知らないが、そのハンカチでまたシャツを拭ってくる。よれていてもまだ白かったシャツがどんどん赤く染まり、甘ったるいにおいが鼻を突く。慌てた女はまたジャムだらけのハンカチで俺のシャツを汚そうとするものだから突き飛ばした。キャアッと言ってころんと転がる。パンツが見えた。心底しねよと思った。
 地面にべちゃりと落ちていた食パンが目に入る。いまどき、食パンくわえて走って、曲がり角で誰かにぶつかる馬鹿がいるか?いねえよ。そんな時代錯誤な天然記念物。ふざけんな。

 服を払い、薄っぺらいスクールバッグを拾い上げる。何の弾みで飛び出したのかわからない財布なんかも拾う。もういい、今日は学校サボる。こんなくさいシャツを着て行けるか。しねよまじで。
 くるりと女に背を向けて、来た道を引き返す。まったく馬鹿馬鹿しい。

「あのっ……」

 女が呼び止めようが何だろうが知らん。最悪だ。最悪の気分だ、いまなら誰の喧嘩だって買えそうだ。ついてない。

「ま、待ってえー……」

 後ろでずしゃっという音が響こうが俺には関係ないことだし、このジャムまみれのシャツは早く処分する必要がある。こんな格好で知り合いにでも会ったら俺はあの女を呪う、三つ編みを首にでも巻いてやる。気に食わない。何がキャアッだよ、昼ドラのヒロイン気取りか。ああクソッ、制服だって安くないんだぞ、あのアマ!



 バイトで稼いだ金を使って新しいシャツを買った。無駄にパリパリしたシャツが気に入らなくて少し崩してみたらそれらしくなって、俺は満足していた。それを着て登校、時刻は昼過ぎ。
 教室ではクラスのやつらが弁当を食べ、談笑している。席につくとすぐに瀬戸がやってきて、へらへら笑いながらオハヨウと言ってきた。瀬戸は小学校が同じで、そのころから結構仲が良かった。俺もオハヨウと返すけれど笑っていたかどうかはわからない。
 瀬戸はずっと笑っていて、昨日と午前にあった面白い出来事をかいつまんで話した。その途中でやっと気付いたことは、この瀬戸の笑顔が実は笑顔ではなく薄ら笑いだということだった。へらへらじゃなくてにやにやだった。気味が悪かったから聞いてみた。

「お前ずっとにやにやしてるけどなに?なんかあったの?」
「なんかあったのはお前のほうだろ!水臭いなあ」
「は?」

 瀬戸はまだにやにやしている。

「いや意味わかんねえよ。なんだよ」
「まさか照れてる?朝さ、一年の女の子がお前を探しに来てたんだぜ?あの子誰だよー」
「は……」
「わりとかわいかったし!清純系?三つ編みお下げとか絶滅危惧種だよなあ」

 なにを言っているんだ瀬戸。それは昨日俺が遭遇した女の特徴だ。

「渡したい物があるんですけどーって。ラブレターじゃないの?」

 しねよと思った。
 瀬戸が意味のわからない妄想を前提に会話を進めてくるので嫌気が差した。こいつは妄想癖があるから取り返しのつかないことを考える前に訂正してやらなくちゃいけない。妄想が完全に確立するとこっちの話なんて聞かないやつだからだ。基本的にはいいやつなんだけど……、これだからオタクは困る。
 話すつもりはなかったのに、あの女がなぜかこのクラスに顔を出した理由も含めて色々聞くために、俺は昨日あった事故について瀬戸に話して聞かせた。口は挟ませなかった。憶測は叩き潰すに限る。

 それを一通り話し終えて、瀬戸を睨むのを止めると、やつは次に爆笑した。

「うっわーなにそれ。二次元じゃん。ありえないよ、それ、昔の少女漫画?しかもジャム付き」

 ひいひい息を切らして笑うのでちょっとシメた。
 瀬戸は自分のことを「リアルと二次元の分別ができるオタク」と評することが多い。意味がわからんと言うと、そこまでやばいオタクじゃないんだよと答えられた。やっぱりわからん。そもそも瀬戸はオタクなのか。部屋にフィギュアとかポスターとか貼ってるのがオタクじゃないのかと聞いたら、俺はそういう部類のオタクじゃないんだよと返された。こだわりがあるらしい。
 不服な顔をしていた俺に対し、その状況が一昔前の少女漫画のベタ展開と同じだと瀬戸は説明してくれた。それに従うと俺は恐らく生徒手帳を落とし、女に拾われた可能性が高いらしいこともわかった。そういえば、財布なんかと一緒に落とした気がする。まじでしねよ……。

「じゃあ渡したい物って生徒手帳か。なんだよ、つまんないな」
「あれ、意外と高いんだよな。クソッ」
「せっかく面白いものが見れると思ったのに」
「お前さっきからなんなの?しねよ」
「口悪いって」

 瀬戸はへらへら笑った。
 まあ明日あたりにまた来るんじゃないの、と言ったところで、午後の授業の始業を告げるベルが鳴った。



 瀬戸を誉めて遣わす前に、この女の駆除を頼みたい。
 瀬戸の言った通り、三つ編み女は次の日の朝に教室へ顔を出した。廊下をうろうろしていたのだが、俺を見つけるとピョコピョコ飛び上がって、高く手を挙げた。濃紺色のカバーに入った生徒手帳。仕方なしにそれを取りに行くと、女は信じられないことを言った。

「運命です。先輩と私の食パンが接触した瞬間にディスティニったんです、私たち!わかります?先輩が生徒手帳を落としたのも昨日は会えなかったのもディスティニったせいなんです。そして今日はきちんと会えて、二人を結んだ生徒手帳を返せたのも運命なんですよ。私、先輩とディスティニっちゃったんだあ!」
「とりあえずしねよ」
「キャアッ先輩クール!やっぱり!この間の私を蔑んだような目を見たときから思ってたんです先輩は口が悪くてサディストでしねとか平気で言って、でも本当は誠実で傷付きやすいひとなんだ、って!私これでも見る目はあるんですよ任せてください!」
「何回かしんでくれ」

 騒ぎでもなんでもないふうを装っていたのに、教室で様子を見ていたらしい瀬戸がなにかを読み取って俺の隣りにやってきた。俺の手にある生徒手帳と、両手で自分の頬を包んでキャアキャア言う女と、俺の顔を順繰りに見る。

「あっ、先輩の友達ですか?私いまから先輩の彼女になりました日中です、よろしくお願いします!」
「あ、はい、こちら瀬戸です。よろしく……」
「よろしくじゃねえよ」

 瀬戸の頭を殴った。

「俺と!お前が!いつ!そんな関係になったんだよ!」
「だから接触事故が起こったときですってば。ディスティニっちゃったんです、私たち。だからそのうち付き合うことになります。それなら先に説明しておいたほうが後の手間が省けて良いでしょう?」
「しね、まじでしね」
「しねとか簡単に言っちゃやですよお」

 女は俺の話なんか全然聞かずににこーと笑った。

「好きです先輩!」




(これは始まったな!)
(瀬戸お前、……しねよ)


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