+++ | ナノ

 くっ!
 彼はよく、甘いお菓子を持ってわたしの部屋を訪れる。それは大抵、通り掛かりに芳ばしいかおりでわたしを誘惑したシュークリーム店のシュークリームだったり、雑誌のスイーツ特集でわたしを釘付けにしたロールケーキだったり、新しくできたから行ってみたいと言ったことのあるケーキ屋のショートケーキだったりする。しかも、シュークリームは六個入りだとか、ロールケーキは丸ごとだとか、ショートケーキはホールで、もう、規模が違うと思う。ちょっとお茶しよう、なんて量ではないのである。
 それでも彼には「切り分けて余ったものは明日食べる」という観念が無いらしく、わたしがギブアップをすると、いつも一人でその余りを食べてしまうのだ。それまではのんびり、わたしと同じペースで口に運んでいたお菓子を、ぱくっぱくっと飲み込んでしまうさまにはいつも仰天させられる。
 今日の手土産はわたしの好きなイチゴタルトだった。一つの箱に入るだけ入れてくださいとでも言ったのか、一箱にきっちり六つ、それはきれいに並んでいた。片手のひらに収まる程度の皿状の焼菓子。パート・シュクレの上、ナパージュをナッペされたイチゴがキラキラと光る様子がとても素敵だ。パティシエでもないわたしがタルト生地のことをパート・シュクレ、フルーツを輝かせるあれをナパージュ、そういうものを塗ることをナッペする、なんて呼ぶのも、タルトが好きで調べたことがあるからだ。
 とにかく、タルトの入った箱をテーブルの上で開けて、わたしたちは座っていた。紅茶を作れたらさまになるのかもしれないけど、猫舌のわたしに淹れたての紅茶はとても厳しい。それに、ペットボトルで売っている紅茶っておいしいと思う。通にとってはどうか知らないけど、わたしはあの紅茶でケーキをいただくのが好きなのだ。それを知っている彼は紅茶も用意してくれていた。
「さあ、食べようか」
 二つのグラスに紅茶を注ぎ、二つの皿にタルトを乗せて、わたしたちは手を合わせる。
「いただきます!」
「いただきます」
 わたしたちは楽しく話しながらタルトを食べる。イチゴの酸味とカスタード、タルトをふんわりと飾る生クリームの甘味の比率が素晴らしく、素晴らしい。
「やっぱり、あの店のイチゴタルトは最高だよー」
 恍惚の表情を浮かべているであろうわたしに向けて、彼も笑ってくれた。
「おいしいね!」
「うん。おいしいね」
 わたしはこの瞬間がだいすきだ。彼と「おいしい」を分かち合えるこの瞬間が、たまらなくしあわせ。たまに泣きたくなるくらい、しあわせ。
 だから、胸にしまっておけなくて、こぼすようにしあわせ、と言う。彼も、しあわせだね、と答える。口に出しても足りないとわかっているのに、本当にしあわせだね、と、また言う。彼も、本当にしあわせだよ、と、また答える。
 わたしはいま、とてもとても、しあわせなのです。



長いこと拍手お礼にしてました。
おいしいものを食べるとしあわせになる彼女と、ひっくるめてしあわせになる彼の一コマ。


top
 
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -