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 納得できなかった。何故だと尋ねても彼女は笑ってばかりで答えてはくれない。吹っ切るにも吹っ切れない。
 男子生徒Kは真っ暗な部屋の椅子に腰掛けたまま、しばらく動くことができなかった。

 ごめんね、もう、無理なの。圭くんのことはすきになれないの。ごめんね。ごめんね。ごめんなさい。



  ‐Whisper‐



 女子生徒Aは涙を流しながら謝るばかりで、男子生徒Kには彼女が何を謝しているのかさっぱりわからなかった。
 尊敬すべき先輩であり、恋慕を抱いたはずの彼女が口にしたものは何だったのか。言葉は頭の中をこだまする。

 最後の「ごめんなさい」でやっと、男子生徒Kは、自分の告白が失敗したことを再確認した。
 しかし、やはり腑に落ちない。

 彼女は何故泣き出し、謝るのか。男子生徒Kに残された少ない情報の中で目立つのは、彼女がつぶやいた「埋め合わせ」という単語だった。思いを告げたときに零れた涙の理由を問うたときに聞いた言葉。
 埋め合わせ。

 女子生徒Aに欠けていたものが何であったのかを男子生徒Kは測ることができない。

「あれ、大嶋くん。どうしたの、電気は?」

 ぱちっと辺りが明るくなる。

「大嶋くん」

 男子生徒Kは我に返ると、声の主を見てびっくりした。

「副、部長」

 真っ暗な廊下から教室に入り、明かりを点けたのは、女子生徒Uだった。男子生徒Kが一年ほど前に想いを寄せた女子生徒。実らなかった恋の相手。
 古い痛みは女子生徒Aに対して抱いた新しい気持ちによって和らげられたはずだったのに、真っ直ぐ顔を合わせることができなかった。

「暎子は? あの子もまだ、部活続けて」
「副部長」
「あたし、もう、副部長じゃないんだけど……まあいいや。なに?」
「俺、出井先輩の考えていることがわからないんです」

 気持ちを吐き出すことができれば十分だった。相手は誰でもよかった。
 女子生徒Uは彼の声音がどうも固いことに気が付いてか、しばらく考えるような素振りを見せると、慎重に返した。

「何かあったの?」
「わからないんです。よく、わからない」
「暎子はどこ?」
「帰りました」
「……そう」
「俺、っ……、」

 男子生徒Kは口ごもる。
 女子生徒Uはそんな彼を急かすこともなく、近くにあった椅子を少し持ち上げて、うなだれる彼のそばに置いた。スクールバッグを机に乗せて、音を立てずに座る。

 男子生徒Kは彼女に見えないように下唇を噛んだ。気持ちの落差に自分自身がついていけていないことを、彼は自覚していない。
 複雑に絡み合ったそれを言葉として伝えることに戸惑っている暇はないと、男子生徒Kはそれらしい単語を一つ、その場で選んだ。

「びっくり、したんです」

 それだ、と思った。
 女の子に目の前で泣かれたことがなかったから、びっくりしたのだ。これだ。

 彼女もきっと、驚き、その反動で涙してしまったのだろう。そして、それを見て目を見開いた自分を気遣い、謝ったのだ。

「大嶋くん、落ち着いて。状況がわからないから」

 男子生徒Kの中で結論が出た。原因がわかれば、女子生徒Uの要求通り、落ち着くことができる。
 けれども、どこかに、違和感を覚えた。

 順序だ。

 まず、告白をする。彼女が微笑む。彼女が泣き出す。「埋め合わせ」。それから、彼女が謝る。
 告白に驚いて思わず泣き出した、という完璧な図式はいとも容易く崩れた。なぜ、彼女は微笑んだのか?

「でも──暎子はある意味、不思議ちゃんだけどさ。わからない、ってことは、ないと思うよ」

 しばしの沈黙、まだぐるぐると考え連ねる男子生徒Kに向かって、女子生徒Uは言った。

「あの子、素直だから」

 男子生徒Kの頭の中にチカチカと電気が走る。混乱した頭の中を整える。そんな彼女の穏やかな声。

 やっぱりまだ、

 男子生徒Kは女子生徒Aのことを山積みにしたその上に、女子生徒Uのことを乗せた。
 その山の地盤は元々、彼女。
 その下の地層もすべて、この目の前にいる、彼女……。

 複合した感情の中から突出した痛みに気付いた男子生徒Kの耳の奥では、どろりと、何かが形を無くす音がした。


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