肺が凍るので、息をするのは止めた。そうしたら、体が凍った。仕方がないので、息をした。 そんなわたしを、樹の上のひとが笑った。 「馬鹿にしていますね?」 「そんなことないよ。きみも本能に忠実だって分かって安心しただけだよ」 樹の上のひとは弓を片手にそこから降りてきた。 樹の上のひとは、樹の下のわたしと目を合わせて、また笑った。 「今日も元気?」 「まあ、わたしはおおよそ元気ですよ。あなたは?」 「ぼくもおおよそ、元気」 わたしはこの、樹の上にいたひとが嫌いではなかった。もしそうなら、こんなふうに向かい合って話したりしない。 だけど、本当は、寒くなってきたから眠かった。次に訪れる春のために眠りたいと答えるべきだったのかもしれないけれど、そんなことを言ったら、このひとはきっと、その春が訪れるまでわたしに会いに来てくれなくなる。 それは、面白く、ない。 「雪が降ったら、もっときれいになるだろうね」 森に住んでいないから、そんなことを言えるのだ。年中ここにいて、巡る季節を見ていたなら、雪をきれいなどとは形容できなくなる。嫌いではないのだけれど、つまらない。 「雪が降るまでは、ここにいたいな」 弓を持ち直して、矢のないまま、構えた。わたしには見える。このひとにも、見えている。矢はわたしに向いている。 「愛の女神」 「似てません」 「辛辣」 笑った。 しばらくそうしていることにした。わたしはだんだん眠たくなってきた。 「ねむるの?」 はらりと、なんて、飽きた表現。 「ねむりたくない、ですけどね」 花が咲く。 わたしは眠る。雪の声を子守歌にして、あなたが迎えに来てくれるまで。 森の恋人 top |