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 自信がなかった。
 揺らいでいた、だから。



 げる ‐Getaway‐



 ばか、と一言、スクールバッグを肩に掛けた女子生徒が弱々しくつぶやいた。少し離れた所にいた軽音楽部員の女子生徒は、ぼんやりと彼女を見ていた。

 二人がいるのは、学校のとある教室だった。空には雲が広がり、夕日は差してこない。

「いきなり、ばかなんてひどいよ」
「だって、あんた、ばかじゃん」
「どうして?」
「あの子が一か月も部活休んでるんだよ。あのときみたいに」
「うん」
「原因なんて」
「圭くん、わかりやすいもんね」

 スクールバッグを肩に掛けた女子生徒はぐっと下唇を噛み、ぎゅっと拳を握った。ぶるぶると震えている。

「暎子はわかりにくすぎだよ。何してんの? 好きな人に告白されたっていうのに、どうして振ったりするの?」
「好きな人?」
「おかしかったんだよ。あの子に好きな人ができたって教えられたとき、あんた、よかったねって言わなかった」
「そうだっけ?」
「そうだよ! あんたらしくなかったのに、それなのに、私」

 軽音楽部員の女子生徒は困った顔をして、軽く息を吐いた。彼女と対面している女子生徒はそれ以上の言葉を発することはなく、時間はどろどろと過ぎてゆくばかりだ。

「しーちゃん」

 普段はほにゃほにゃと力の抜けた笑みを見せている女子生徒だったが、今はまったく笑っていなかった。無表情というものに近いかもしれないけれど、彼女自身はそのような顔をしているつもりはなかった。
 心臓の痛みは此方にあるようで、一歩でも動いたらどうなるかわからない。

「違うんだよ。わたし、違うの」

 あの黒い塊の成れの果てを放すことは正しい選択なのだろうか。

「もう遅いんだよ。それにわたし、圭くんのこと好きなんかじゃ、」

 少しだけ詰まった。軽音楽部の女子生徒はそれを悟られないうちに、好きなんかじゃないよと、予定していた言葉を吐き出す。
 好きなんかじゃない。言い切って、ああ、と、彼女は気が付いた。

「好きじゃ、ない?」

 ピントはずれて。
 シンデレラを、眠れる森の美女を、白雪姫を夢見た少女はもうそこにいない。

「わたし。わたし、恋に恋してただけ。圭くんのこと、好きじゃなかったんだよ。だって、……だって、圭くんはみっちゃんのことが好きで。だから」

 こぼれ出したのは何だったのか。
 成れの果て、もしくは。

 どちらにせよ、軽音楽部の女子生徒には、それを内に抱え続けることなどできなかった。
 彼女は夢から覚めたばかりで、いまだ不安定なうつつの中に座り込んでいたのだから。

「だから、わたしはそういうふうにするの、止めたんだよ。圭くんがね、しあわせに、なればって」
「あの子に好きな人ができたから応援しようって、引いたんでしょ。暎子はいつも、そう。いつも、相手のこと考えて損してる」
「違うんだよ!」

 震える声は大きく、一度教室の壁を跳ね、消えた。

「違う……わたし、ほんとに、すごく最低なやつなの。圭くんのことなんかちっとも考えてなかった」

 泣いた彼女はしかし、ヒロインにはなれない。


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