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 そこに他意はない。何度だって言うし、心の中でだって唱える。
 そこに他意は、ない。



 れる ‐attractiveness‐



 女子生徒は呆然として、目の前にいた男子生徒は彼女の視線を避けた。
 冬の公園。子供が一人は座れるような間を空けて腰掛けていたはずのベンチ。瞬間のゼロ距離。なぜか痛い唇。

「あ、いはら、くん……?」

 彼女は気が付いた。うつむく彼が何をしたのか。

 寒さはあった。彼女の髪の毛をすくう風は刺すような冷たさだ。二巻きしたマフラー、今年買ったばかりの手袋。コート。それだけでは確かに寒い。震えもする。
 しかし、彼女にも彼にも、わかっていた。言葉の震えはそれに繋がらない。

「……ごめん」

 男子生徒が、ぽつりと、小さな声を出した。耳元を風が裂く音にまぎれそうな、そんな弱々しい声。

「どうして、謝るの?」

 女子生徒がそっと覗き込んだ髪の間にあった彼の顔は、隠されることもなく、どう見ても、泣きそうだった。彼女が息を飲む音も隠されることはない。

 自分と付き合っている男の子。
 泣きそうなとき、それはいつかと、女子生徒は考える。悲しいとき、笑いすぎたとき、怒りすぎたとき、痛いとき。どれも今の彼とは結び付かない。

 すっと伸びた手にぐっと肩を押されて、その顔は見えなくなった。

「なあ……美優。付き合ってるってことはさ、お前も俺を好きだって意味だよな?」

 弱り切ったように言葉を吐き出す理由がわからない。けれども、返事をためらう理由もわからなかった。

「うん」

 だから、彼女ははっきりと答えた。

「じゃあさ、後輩の話するの、止めてくれよ」
「えっ?」

 後輩。
 ゼロ距離の直前まで、彼女は確かにたった一人の親しい後輩の話をしていた──。

「気が付いてないかもしれないけど。美優、そいつのことが好きなのかってくらい、楽しそうだったから」

 その後に続いたであろう何かはもにょもにょと宙に掻き消える。

「……ごめん」

 女子生徒の言葉に、男子生徒が顔を上げた。

「どっ、どうして、」

 女子生徒は自覚していた。自分が泣きそうな顔をしていること。それくらい、いいじゃない、と言い切れない理由。その感情は恋慕とあまりに似ていた。

 他意はない。それ以上はない。
 自分を副部長と慕う男の子の爪弾く音。浅い経験ながらも不思議に感じる魅力。それ以外ではない。

 それ以外は有り得ない。


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