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 泣きたいのは、こっちのほうだ、馬鹿。



  ‐Worry‐



 女子生徒は迷っていた。一日中、上の空で、くるくるとペンを回した。頼れる親友が当事者である以上、その親友に助言を求めることはできない。
 他の友人に当たったところで、真面目に考えてくれる人などいないだろう。

 所詮他人事なのだから。



 二年生の教室が立ち並ぶ廊下を、三年生が一人で歩いていたら、それは誰でも驚くだろう。意志を持って迷いなく進む女子生徒は、とある教室の前で足を止めて、そばにいた生徒に自身の後輩を呼んでくれるよう頼んだ。昼の休み時間である。廊下も教室も、騒がしかった。

 しばらくして、教室の隅からこちらに向かって歩いてきたのは苦い表情をした男子生徒だった。

「……どうしたんですか、飯島(いいじま)先輩」

「暎子に告白したって本当なの?」

「え」

 半径二メートル内にいたクラスメートが、一瞬、ざわめいた。しかし、それを口にした女子生徒は何故かそれに気付かず、さらに追及してくる。早く答えなければ大変なことになる、男子生徒は慌てて彼女をその場から連れ出した。

 周りの、修羅場だ修羅場だと騒ぐ声が不快で仕方ない。何より、デリカシーの欠片もなく話を切り出した(ついでにその話へ移る経緯も説明しなかった)女子生徒に不満が募った。

 歩きながら、話すのに適当な場所を探す。

「ねえ、大嶋後輩」

「誰から聞いたんですか、まさか部長ですか?」

「あんたが一か月も続けて部活休むなんて、あれ以来じゃない」

「……そんな当てずっぽうな理由で」

「振られたのよね」

 男子生徒は言葉に詰まった。オブラートも何もあったものではない。

 以前の彼女はこんなだったろうか。何かが変わってしまっている。
 男子生徒は彼女が受験生であることを思い出した。イライラしているのかもしれない。とすると、これは八つ当たりだ。

 そこに行き着くと、彼の機嫌は急に降下した。

「先輩には関係ないことじゃないですか」

「なっ」

「だって、そうでしょう。今の先輩は、俺を傷つけてるだけだ!」

 頭に血が上った状態で、男子生徒は怒りをぶちまけた。そのまま、女子生徒をギッと睨み付けて──はたと、気付く。

 彼の先輩にあたる女子生徒が、一年ほど付き合ってきた彼女が、見たこともないような歪んだ顔をしていたのだ。重ねようとしていた罵倒の言葉が、途端に失せる。
 驚きと困惑の入り交じった、そして、ひどく悲しそうな表情。

 口を薄く開いたまま、彼もまた、腹立ちでいっぱいだった表情を崩した。徐々に、冷静さを取り戻していく。

「……ごめんね。私、自分のことばっかで、あなたのこと考えてなかった」

 瞳が潤む。流してしまえばいいのに、彼女は溢れそうな涙を零さないように、必死でまばたきを堪えていた。震える声で男子生徒に謝ると、ぐっと口を結ぶ。

「でも、関係ないなんて、言わないで。そんなの、嫌だから」

 勢いよく踵を返し、彼女は走り去った。それを追い掛けることはせず、男子生徒は、ただそこに立ちすくむばかり。

「飯島先、輩……?」

 彼に、彼女の葛藤は伝わらない。
 女子生徒が知りたくて知った事実の重みは、当事者にはまだ伝わらない。


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