止めようと思って止められるものではないことは知っていた。だから、 想う ‐Thought‐ 日が傾いてきた。ベースをケースにしまうと、女子生徒は部室の電気をぱちりと消した。扉から外に出ようとして、一度、部室を振り返る。椅子に座ってうなだれる男子生徒の背中が、ぽつりとあった。 「圭くん、電気消しちゃったよ。点ける?」 男子生徒は微かに首を横に振った。 「春は変な人がよく出るから、気を付けてね。それじゃあ、また明日」 はい、と震えた声が聞こえた。女子生徒はくるりと踵を返して、その場から早足に去っていく。彼女の瞳は少し赤く、頬には涙の跡が伺えた。 これでいいのだ。 女子生徒の腹の中には真っ黒な塊が潜み、それは時折不意に蠢く。思い返しても、彼女は彼のことが好きだったはずで、それだけは本当だった。彼女は自分を欺いたわけではないのだ。なかったことにはしない。リセットすることができたとしても、その女子生徒は今歩いているこの道を選んだことだろう。 受け入れた上で、昇華できると思っていたのだ。 「……わたし、ほんと、さいていさいあく、っ」 傷を付けよう。 最も深く、癒えることに時間のかかる傷を。意図したのはまぎれもない、自分だ。電気の点いていない冷たい廊下を行き、ずず、と洟をすする。想いを寄せたのが本当であるなら、彼女が彼を憎らしいと思ったのも事実なのだった。 強く突き放した。 そのことに、いまさら、一人苦しんでいる。何が疼いているのだろうと腹の中を探れば、そこにいた黒い塊がどろどろと溶け出し、形を成さなくなったことを知る。憎しみが後悔に変化していく。 そいつは、その過程で口を開いて、おんおんと泣き叫んでいた。どうして、どうして、あんなことしかできなかった。戻りたい、戻りたい、もっとずっと昔、遠い昨年の春に。 帰りたいよ。やり直したいよ大好きだったよ。 君のこと、想ってたかった。 「さよなら、ばいばい」 top |