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 それは梅雨の日の話。
 誰もが『今』しか思っていなくて、ただ、笑い合っていた頃の話だ。

「部長!」

 紫陽花です、その男子生徒は年に不似合いなほど綺麗な目をしていた。



  ‐Wish‐



 職員室前の廊下に置かれた花瓶には、色とりどりの紫陽花が飾られていた。

 紫陽花って可愛いよね、小さな花がたくさん集まってて、こんなジメジメした季節に彩りをくれるって感じがして。素敵ね!

 にこにこしながら言って青い花に指先で触れる。女子生徒の隣りにいた男子生徒1人と女子生徒2人は、そんな彼女を穏やかな表情で見ていた。

「部室に飾ったら、きっと綺麗だね」

「でも、花瓶なんてありませんよ」

「あたし、華道部の友達がいるから、生けてもらえるように頼んでみようか」

「本当?」

「うん」

 ありがと、みっちゃん、と、紫陽花を見つめていた女子生徒が、生花案を提示した女子生徒に屈託ない笑顔で抱き付いた。

 移り気、威張り屋、あなたは冷たい。残された女子生徒が、この雨季には貴重な晴天を視界の端に捕らえてそんな単語を頭の中に流していると、男子生徒がぽそりと言った。

「部長と副部長は仲良しですね、先輩は混ざらないんですか?」

 その控え目な態度に、彼女は思わず吹き出した。

「私は見る専門なのね。そもそも、あんなの、恥ずかしくて無理」

「あはは、そうですか」

 きゃあきゃあ言いながら歩き始めた女子生徒2人に彼らも付いていく。こんな時間がもっと続けばいい、一番最初にそんなことを思ったのは誰だったか、それほど落ち着くひとときだった。

 ぽわぽわした笑顔で後ろの2人を振り向いた女子生徒が、無意味に天井を指差して高らかに宣言する。

「よーし、今日は久しぶりに晴れてるから、みんなで遊びに行こう!」

「こら部長。こういう日だからこそ気持ち良く楽器が弾けるってものでしょ」

「ええー、副部長のいじわる……」

 すぐさま言い返した女子生徒に、彼女はブーイングを漏らした。しかし、それ以上の反論はせずに大人しく廊下を進んでいく。

 彼らは笑った。
 そこで、いつかは別れてしまう仲間のことや廃部が近い自分たちの部活のことなど心配するふうもなく、4人で笑っていた。

「ねえ、みっちゃん」

「ん?」

「こんな時間が、もっともっと、続けばいいのにね」

「また暎子、ぽわぽワールド展開して。今度の七夕にお願いでもしたら?」

「うん、みんなでお願いしよ!」

 部長命令!
 雨雲さえも吹き飛ばしてしまいそうな元気な声は、その日、絶えることがなかったという。

 梅雨明けはもうすぐだ。


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