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 自分でも気が付かないほど、彼のことばかり考えていたのかもしれない。目で追いかけてしまったのは、部活で唯一の男子だからだと思い込ませていたのだけれど、本当は。

「俺、副部長のこと、気になるみたい……です」

 その言葉を聞いた瞬間、天から地へ叩き落とされたようなショックを受けた。



 める ‐Resignation‐



 自分よりも好きな人の幸せを願えたら、なんて素敵なんだろう。そんな女の子になれたらいい。周りの幸せが増えて、そうしたら、自分も幸せになりたい。みんな一緒に、笑って。

 軽音楽部2年生3人組のうちの一人、部長を務めている女子生徒は、自他共に認めるかなりのロマンチストだった。友人に高い確率で言われるのは、「ぽわぽワールド全開だね」とか、「そんな人間はいません」である。そう返されるたびに、そんな人がいたら素敵だよねえ、と夢見がちな瞳を光らせていた。

 しかし、今は、そうでもない。好きな人の幸せが自分の幸せになる、などとは容易に言えなくなってしまった。

 むあっとするほどの熱気がこもった部屋の窓を次々と開け放ち、空気を入れ替える。ラッキーなことに、今日は風が冷たい。どうして部室にクーラーがないんだとぼやきながら、微かな風に頬を緩めた。

 だが、不意に昨日の記憶が蘇り、弾みそうだった気持ちは地の底に沈んだ。



 部室には、3人の男女がいた。1つの机を3つの椅子で囲み、流れる汗をタオルで拭きつつ進む会話。

『えーっ。大嶋後輩、美優(みゆう)のこと好きだったの!?』

『文化祭の日、そうかなって思って』

『へー! ねえ聞いた?』

 その日は9月の蒸し暑い日で、噂の美優という女子部員は部活を休んでいた。夏風邪を引いたらしく、病院に行くのだと言って。

 1人の女子生徒が、もう1人の女子生徒のほうを向く。

『……そうなんだあ、知らなかったよ。でも、みっちゃんはガード固いよ?』

 へらり、笑ってみせた。
 心中穏やかでなかったことは、もちろん、隠して。

 何故なら『自分の好きな人の恋』は応援するものと決めていたから。
 自分の胸がいくら締め付けられようと、彼の赤い耳を見て嫉妬していようと、それだけは譲れないことだと思っていた。

 まだ、間に合う。
 まだ、そんなに、好きじゃないもの。



 一晩泣こうかと考えたのだが、彼女は起きていただけで泣かなかった。一滴の涙も出なかった。涙腺が壊れてしまったのか、いくら頑張っても泣くことはできなかったのだ。

 そして、翌日。
 部活の時間になり、暑い中、クーラーの利いた教室をしぶしぶ出て部室へ向かうと、彼女を歓迎したのは鬱陶しい熱気のみ。やるせなくても、その時間はやってくる。

 背後で話し声がしたので振り返ると、彼女が想いを封じた相手が、昨日部活を欠席した女子生徒と笑い合いながら部室に入ったところだった。

 ぢくり、鈍い痛みが胸の中心を刺す。

「誰もいなくて寂しかったんだよー」

 しかし、彼女はまるでピエロのように笑顔を貼り付けて彼らに駆け寄った。そうしていれば、きっと、それがいつか本当になる。

 自分の異変に部員が気付くことは、ない。
 女子生徒は、泣くはずだった時間を作り笑いで埋めた。


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