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 目の前の女子生徒は、ふわり、髪の毛を揺らして歩き出した。その背中にハッとした男子生徒が叫びながら続く。

「ど、どこ行くんですか、副部長!」



 いかける ‐Chasing‐



 副部長、副部長と自分のことを呼んで後ろを付いてくる男子生徒のことは、嫌いではなかった。部活で唯一の後輩だ、可愛くないわけがない。
 それに、ギター初心者だった彼にコードを教えたりチューニングの方法を教えたりしたのは自分である。優秀な奏者だった。教えたことは数日できちんと覚える彼は、世話のしがいがあったというもの。

 そこで他の部員たちよりも彼と親密になったことを後悔はしていない。とても良い経験で、思い出だからだ。

 先輩と後輩。
 周りからも仲が良いねと評判だった。二人でバンドでも組んじゃおうか、と冗談で誘ったこともある(彼は本気にしてしまった)。

 好きだったかと聞かれれば、イエスと答えてしまうだろう。素直な彼に惹かれていたところも、ないわけではない。しかし、彼女に彼を好きになる権利はなかったのだ。

 廊下を進み、突き当たりで曲がって、まっすぐに玄関へ向かう。男子生徒もそれに気が付いてか、俺も靴のほうがいいですかと尋ねられた。女子生徒は前を向いたまま一回だけうなずいた。

 振り向くことは、できない。

 ローファーに履き替え、中庭を横切り、体育館までやってきた。そこでは新体操部と演劇部、バスケ部が活動を行なっていた。

 男子生徒は彼女の横に並ぶことはせず、少し離れた場所で待っていた。

「副、部長……?」

「少し待っててね。紹介したい人がいるから」

 靴を脱ぎ、靴下で体育館の中へ足を踏み出す。冷たくて固い床だ。

 バスケ部の部員を適当に捕まえて、とある人の名前を告げると、今連れて来ますとの返答。後輩だったようだ。
 それを待っている最中にちらと体育館外の後輩を見た。強風に煽られるマフラーと、強張った表情。彼女が伝えたいことを、悟ったのだ。それでも最後まで話を聞こうとするその姿勢が女子生徒の目にはまぶしく映った。

「お、どうした?」

 やってきた体操服姿の男子生徒を見、体育館の外を見、状況を示した。

「少し、付き合ってほしいの」

「分かった」

 二人で並んで体育館から出る。館内も寒かったが、館外のほうが北風のせいで冷たかった。

「大嶋(おおしま)くん」

「その人が……副部長の彼氏、ですか?」

「そう。相原(あいはら)くんって言うの」

 一際冷たい風が、ゴウッと吹き付けた。

「だから、大嶋くんの気持ちには応えられない」

 確かに好きだった。
 けれど、そんなことを言っても、彼女が彼の望む関係にならない限り、その言葉は救いの手としては滑稽だ。

「好きって言ってくれて、ありがとう」

 でも、もう、追いかけてこないでね。女子生徒は、それならばと男子生徒を強く突き放した。



 見上げた冬空に浮かぶ月は、彼には遠すぎた。


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